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超人、あるいは変化をもたらす者。  作者: えくり
ウルム編
11/40

9.散歩、あるいはここにあるもの。

「まさか、街にカフェが一軒もないとは……」

 約束の13時すぎ、晴人とミシェルの姿はカフェではなく、公園のベンチにあった。手にはサンドイッチのような軽食と金属製のボトルに入った水。オシャレな午後のティータイムというにはあまりにも牧歌的な光景である。

「ハルトさんのいた世界がどうだったかはわかりませんが、この世界の人たちは食事にお金をあまり使いません。王都や領都のほうではもう少し飲食店も多いですが、こういう辺鄙な街では、冒険者用の酒場があるだけです」

「そう……なんですね」

「お茶をごちそうになるのは、いつか大きな街に行ったときに譲るとしましょう。それで、何からご説明しましょうか」

「まずは……地理ですかね。街のなかもそうですけど、街の外の様子はもっとわからないので」

「わかりました。まず、ここウルムはサザブール王国シュヴァール伯爵領の辺境の街です。大陸の南東端であり、伯爵領の南東端でもあることだけ憶えておいてもらえれば、とりあえずは困らないと思います。

 そして、街が南東端に位置しているので、街道は北西にしか伸びていません。正確には街の西側から出ていったん北上し、そのまま北に延びる道と、西の山を迂回する形で西方に至る道とに分岐しますが。

 したがって、西側の山と北側の森は街道に接していて、ある程度冒険者らも入っていきやすくなっています。街道を引くときに強力な魔物も討伐済みですし、それ以降脅威となりうるものは確認されていません。動物や弱い魔物しかいない、いわば絶好の狩場ですね。山よりは森の方が地形の困難が少ないため、北の森をD~Fランク、西の山をC~Eランク推奨としています」

「まあそこまでは昨日と今朝の説明で何となくわかるんですが、東側と南側には何があるんですか? 行くことをオススメされてない感じでしたよね」

「東側は草原になっていて、その先にシュヴァールの長城があり、その向こうにフロムベルクの森が広がっています。このフロムベルクの森には魔王石と呼ばれる、高い魔力を帯びた大きな石碑のようなものが立っている、とされています。直接見た人はいなくて、あくまでも伝承が残るだけですが。ただ、その影響か強力な魔物が頻繁に出現することからかなりの危険地域になっていました」

「なっていました? 今は違うんですか?」

「今も危険なことには変わりないんだと思いますが、行き来が困難な区域になっているので被害は出ていません。それが、先ほど言ったシュヴァールの長城のおかげなんです。領主であるシュヴァール家の何代か前の当主が、ウルムの街とフロムベルクの森との間に長城を築いて、いまのところ長城を超えて襲ってきた魔物はいません」

「なるほど。長城の手前の草原は万が一襲撃された時に迎撃するスペースってことですね。街の防壁も合わせれば、まあ安全な気はしますね」

「結果的にはそういうことです。もともとは農地にしたかったようですが、農家はあえて危険な土地に移ってきませんでした」

「まあ、真っ先に襲われるリスクは取りたくないでしょうね。それで、南側は?」

「南側は……わかりません。西方の山地と東方の長城に挟まれた狭い森が続いているであろうこと、その先に海岸があることはわかっていますが、具体的にどうなっているかの情報はありません」

「……え? それってすごく危ないんじゃ……」

「そうですね。すごく危ないかもしれませんし、全然平和かもしれません。魔物は、通常は街を襲おうとはしないんです。人間のいる街なんかよりよほど身近に食料がありますから。魔王石の影響を強く受けた魔物は凶暴化し人々を襲おうとする傾向にあるらしいですが、長城を迂回するだけの知能は持っていない、とされています」

「冒険者は……南の森や長城の向こうに行こうとはしないですか?」

「ふふ。ハルトさんは、ずいぶんと勇ましいんですね。彼らには、そんな危険を冒す理由がありません。動植物の多いこの地域では魔物に手を出さなくても十分食べていけます。贅沢をしたい人は、娯楽のない田舎をとうに離れているでしょう」

「それでも、恒久的な平和を手に入れるには、その魔王石を何とかしないといけないわけですよね?」

「ええ、そうですね。でも、私たちは恒久的に生きるわけじゃない。この街だって、もう何十年も平和に過ごせてます。それに、この街が危なくても、領都の方に行けば安全です。いつか来るかもしれないスタンピードより、明日魔物に腹を抉られることの方が、はるかに怖いんですよ」

「僕の想像していた冒険者とは、少し違うみたいですね」

「…………一昨日、ハルトさんが初めてギルドを訪れたときにいた冒険者を憶えていますか?」

「ええ、酔っぱらって絡んできた人たちですよね」

「はい。あれは、彼らが特別怠惰なわけでも、臆病なわけでもありません。言葉使いや所作に多少の差はあれど、冒険者はたいていがああです。少なくともこの街にいるような冒険者は」

「そうだとすると、ギルドの人は大変ですね」

「まあ、そうですね。それでも、彼らがいなくなったら私たちもまたここにいることができませんから。でも、ハルトさんたちと初めて接したとき驚きました。こんな人がウルムの街で冒険者をするのか、と。すごく都合のいい話ですが、私たちはハルトさんに期待を抱いているんだと思います。この街を何とかしてくれるんじゃないかって、そんな期待を。

 ……、さて、この街の周辺の地理について説明しましたが、他に知りたいことはありますか?」

「そう、ですね。ランクや能力の上げ方ですかね。少しでも早く強くなりたいですから」

「ふふ。ハルトさんは熱心ですね。じゃあ説明しやすいのでランクの方から説明します。ランクは…………」


「少し、街を散歩しましょう」

 ハルトが訊きたかったことを一通り訊ね、説明をしてもらったあと、ミシェルがそう提案した。まだ太陽はわずかに地平線へと近づきつつあるが、一日を終えるには少し早い。

「散歩、ですか?」

「はい、散歩です」

 それにしても街を案内するというならわかりやすいが、ただ散歩するというのが晴人には不思議であった。

とはいえ、二時間近くもベンチに座りっぱなしでそろそろ身体を動かしたい気分であったし、そもそも長時間付き合ってくれているミシェルの提案を断る理由はどこにもなかった。

 教会からギルド、役場へと至る大通りを離れて、狭い路地へと入る。まだ夕方と呼ぶにも少し早いこの時間、しかし気温は少し下がってきたように感じる。あるいは、昼間にはなかった風が吹き抜けるせいかもしれない。

「そういえば、今って季節は何なんですか?」

「いまは秋の入り口ですね。とはいっても、この辺りは季節ごとで天候にほとんど差がないんですよ。通年で同じ服を着ていてもそこまで困らないくらいには」

「それは、過ごしやすい気もしますし、ちょっと寂しい気もしますね」

「ハルトさんのいたところは違ったんですか?」

「そうですね。僕のいた場所は季節ごとの特徴が強かったんですよ。冬は寒くて、手袋がないと手がかじかんじゃうし、雪が降って移動もできなくなったりして。逆に夏は、暑すぎて倒れる人が出ちゃったりして。毎年なかなか飽きない一年でしたね」

 ミシェルは晴人のいた世界にも興味があるようで、あれこれ質問する。

例えば食べ物の話。日本全国どこでも食べられる廉価なハンバーガーも、大学近くにあったラーメン屋も、さっと湯がいて冷やしただけのそうめんでさえ、今は恋しく感じる。

例えば機械の話。この世界に電車が通ったら、SNSがあったら、どうなるんだろうか。魔王はもしかしたら、一瞬で攻略されてしまうかもしれない。

そのどれもこれもがミシェルにとっては未知のもので、想像したものが実際にあったものとどれだけ近いかすら、彼女にはわからない。逆に言えば、この世界に来た晴人もまた、想像だにしなかった生活を送っているのだ。

知らない世界の片鱗を覗いてわくわくすると同時に、それを語る晴人の遠い故郷を想うような目に、胸がチリチリと痛むのを感じた。

「でも、この世界はわりと、僕らのいた場所に近いですよ。何より銭湯がありますからね」

「そういえば、宿を探しているときも言ってましたね。お風呂が欲しいって」

「僕らのアイデンティティみたいなもんですかね」

ミシェルはおしゃべりに興じながら目的もなくただ何となく道を選んで歩き続けた。晴人はそれについていく。家々が並ぶ狭い路地から商店街と呼ぶべき少し開けた道へ、商店街からウルムの街を囲む防壁沿いの道へ。

そこは、閑静でどこか寂しい場所だった。

街全体が静けさに包まれており、誰もいないかのような錯覚に陥る。ときおり、家のなかから漏れ出てくる箒が床を擦る音や、布団をたたく音が聞こえるたびに、そこにある生活に安心する。

 街を包む匂いは、弛緩した平日のそれであり、いつかの田舎のそれであった。洗濯は手洗いなのだろうか、すすぎきれなかった石鹼の香り。庭に植えられた木の、青々とした香り。

名前を付けるのも難しく、決して心地よいとも言い切れないそれらに、晴人はどことなくノスタルジックな感情を刺激される。元の世界にいたときだって、そんな体験をした記憶はないのに。

そこは、活気があり人々の笑顔が見られる場所だった。

食材を並べた八百屋や肉屋と、そこに買い物に来るお客さん。この狭い町でお互いが知った仲なのだろう。軒先に何人もが集まって談笑している。

あるいは食材を買う彼ら彼女らも、街の外で働く誰かを待つ人なのだろうか。大切な誰かの健康を考えてご飯を作り、無事戻ってくるのを待っているのだろうか。

 そうだとすると、あそこに咲いていた笑顔は、存外はかなく、かけがえのない物かもしれない。

そこは、陰鬱としたスラムのような場所だった。

街の中心から追いやられるように、防壁にテントのような布を張り生活する人々。よく見てみれば、足を怪我したのだろう人、病に侵されているのか咳き込んでいる人、何も動かずただ虚空を眺めている人。何かを失った人もまた、この街には住んでいる。この街よりほかに、行ける場所などないのだから。

 彼らがどうやって命を保っているのかわからなかったが、まだ生きていた。

 晴人は自らの卑怯さを恥じた。いまの自分には何もできないと、そう自分を説得する己を。でも、それがどうしようもない事実だ。晴人たちだって、薬草採取が上手くいかず、この後三日間ろくな収入もなければ、宿を失う。その途中でケガをすれば、“こう”なる。

ウルムという街は、そんな場所だった。

街をぐるっと大きく回って教会の前に出る。真っすぐに伸びる大通りの先にはミシェルさんの務めるギルドがかろうじて見えるだろうか。すっかりオレンジ色になった空のもと、西から差し込む陽の光と、両足にうっすら積もった疲労とを感じながら、ミシェルさんがゆっくりと口を開いた。

「これが、私の住む街です。この街には冒険者と、冒険者のために働く人と、その家族がいるだけです。名産品と呼べるものはありません。文化的な何かも、ここからは生まれないでしょう。素敵な場所とは言いませんが、それでも、私はここに住んでいます。そのことを知ってほしかったんです。きっと、魔王を倒すという目的のために、ここから旅立っていくだろうハルトさんに」

「僕は……、僕はそれでも、素敵な場所だと言っていいと思いますよ」

「そんなことを言ってくれる勇者様に、これはやっぱり都合のいいお願いですね。……ウルムを救ってほしいのです。このままでは、この街はいずれ終わりを迎えます。それは百年後かもしれないし、明日かもしれない。長城は補強のたびにそのラインが下がっています。南の森からはいつ魔物が襲撃に来るかわかりません。それでも私たち市民は、恐怖と打算と、目の前の生活のために何も変えられず、日々を過ごしています。そんなときに現れたのが、ハルトさんたちでした。どうか、ウルムを。……って、一昨日来たばかりの人に私は何を言ってるんですかね」

「僕は……。僕も、ミシェルさんたちと同じ人間です。恐怖と打算で生きています。勇者だとか、そんな崇高な存在ではありません。……でも、たまたま手にした能力で、たまたま誰かを救えるなら、それは幸福なことなんだと思います」

「ふふ。謙虚なんですね」

「自分に正直なだけですよ」

「もしそれが本当なら、すごく優しい人ですね」

「身内に甘いだけですよ」

「身内?」

「はい。あれ、僕はそこそこ親しくなれたつもりだったんですけど、違いました?」

「ふふ。違わないですよ」

 この三日間で、あるいはこの数時間で、多少は仲良くなれたかななどと思いつつ、晴人とミシェルは大通りをギルドまでくだっていく。冒険者とギルド職員、それ以上のどんなラベルもうまく貼りつかない2人の距離感は、しかし晴人にとって心地の良いものだった。

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