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掌編小説集『掌心』  作者: 泡月響怜


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2/7

 今となっては昔のことですがわたくしは高貴な御方々の仮装を毎朝させて頂いていたので御座います。


皆様は大勢のお付きの方がいらっしゃいまして、代わる代わる忙しそうにされているのを拝見いたしまして、たいそう気の毒に思ったりもしたものです。


奥様方はたいへんに麗しい方ばかりでしたので、化けるのが烏滸がましく、とても心苦しゅう御座いました。

 せめてわたくしの目がもっと良ければ変わったのでありましょうが、なにせわたくしには自分を磨く術がありませんので仕方ないと割り切るほかに無いのです。


目を奪われるほどに美しい御顔を白くお染めになられるのと同時にわたくしも急いで化けなければならぬので、連続してお使いになられた日は首が回ってしまうほどに大変だった光景が曇った目の中で明るく留まっています。


あの頃は奥様がわたくしを可愛がって下さったのですけれど、日が昇り月が沈むのが廻る(めぐる)に従って段々と、わたくしは日の当たらぬ埃っぽい隅に追いやられてしまったのでした。


 次にわたくしに光が浴びせられたのはほんの二十年と少しの出来事でして、あまりに目に光が宿らなかったものですから吃驚してしまって首をガタガタと揺らしてしまったりしてしまいました。


 奥様はわたくしを(ぎょく)を扱うように御世話して頂いたので、わたくしはまた元のように仕事を続けることができたのでした。奥様がわたくしを拾ってくださらなければ、わたくしは顔を破って深い闇に包まれたままだったでしょう。奥様には感謝してもしきれないのですが、不幸な事にわたくしをお迎え下さり一年も経たずに、光を宿さなくなってしまわれました。


その後は奥様のお孫様に引き継がれたのですが、お孫様は化粧に疎くわたくしがお教え出来ればよかったのですが、何分わたくしには口もないもので、可憐な御顔が無惨に荒らされる度に、わたくしは顔を割りたくなる衝動に駆られたのでした。


しかしながら数年で急激にご成長なされまして可憐だった御顔に神秘さが加わり、いとどお綺麗になられました。

どうやら成長した要因はお嬢様が恋を知った事にあるようです。日を経るごとに荒野に花が芽咲いてゆくのが何よりも嬉しく、楽しみでありました。


そのうちお嬢様のお相手様がお見えになることが増えまして、男装というものはこの永き月日においても初めての経験でありましたから、どのようなお化粧をされるか分かりませんでしたのでありとあらゆる道具を側に置いて仮装に臨みました。するとなんとも懐かしい、白粉を塗り始めるではありませんか。


わたくしは同じ様にしながら懐かしい日々を思い出しておりましたのですが、よくよく見ればお相手様とは微妙に違うような色をしておりましてわたくしは大変焦りました。幸いにもお相手様は気づかずにお化粧を終えられましたので、問題は発生しなかったのですが、この月日が恨めしく感じられました。


 そんな毎日が続きお嬢様も奥様と呼ぶ様なお年頃になられました。もう立派な自信をつけられて、他の方に化粧を教えるほどにお得意でして自分ごとの様に嬉しくなったのでした。

 もう心残りも少なくそろそろ首を折ってお暇を頂こうかと考えていた矢先に、とうとうわたくしの顔がひび割れてしまいましてもう仮装が出来なくなってしまいました。

奥様に泣いて悲しみに暮れて頂けましてわたくしの為に小さなお葬式を開いていただける事になりました。

わたくしはアルミ製の棺に横たえられ、そのときに初めて自身を見たのです。ひび割れた顔面に、ネズミに少し齧られた輪郭、緩くなった首に、おぼつかない足元が反射し、惨めな姿を嘆きながらも、何処か誇りに思う自分がいました。


 今、わたくしは蓋を被せられ土に埋められる直前です。

 この一瞬でわたくしの全てが語れるほど薄く長いものでありました。これが走馬灯というものでしょうか。しかしわたくしはこれで満足なのです。ひび割れた目の中には変わらず奥様方が浮かんでいます。もはや光の見えぬわたくしではありますが、目を桃のように腫らした奥様が浮かんできます。


もう最後の時が来たようです。ああ、できることなら天で再び奥様の下で…



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