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妹の証言




 ジェラルドは、初めて飼うことを許された念願の愛猫を、それはそれはもう溺愛した。


「リリル。俺の天使。今日も可愛いな。ほら、挨拶をしよう」


(仕方ないわね)


 ちょんと鼻先に指を近付ければ、嫌そうにしつつもツンと鼻を寄せてくれる。


「なんだ、ここが気持ち良いのか?」


(うう、そこは反則よ……)


「はーー! この肉球。肉球こそ正義だ。無限にぷにぷにできる!」


(いい加減にして!)


 ブラッシングをすれば気持ち良さそうに目を閉じ、ピンク色の肉球をぷにぷにすれば、擽ったそうに引っ込める。


 時には、一緒に風呂に入り。


「リリル? 何故目を閉じてる? 水が怖いのか?」


(この状況で目を開けられるわけないでしょう!)


 時には、オモチャで遊んだり。


「リリル! ほら、このネズミを捕まえてみろ!」


(なに? なんで!? たかが人形をぶら下げられてるだけなのに、体が勝手に動くわ! これが猫の本能なの!?)


 ある時には、雷に驚いたのか、ベッドの中に入り込んできて朝まで一緒に眠ったり。


「ああ、幸せだ。リリルが一緒に寝てくれるなんて! 幸せ過ぎて死んでしまいそうだ! まさか、こんな日が来るとは!」


(迂闊だったわ……温かくて、狭くて、いい匂いがして……あんな場所を知ってしまったら、他で眠れないじゃない!)


 愛猫の仕草全てが愛おしくて仕方ない。そんなジェラルドを見上げる愛猫の瞳は、心なしか呆れ果てているように見える。


「ああ、一秒でもリリルから目を離すのが惜しい。瞬きを止められる魔法はないのだろうか」


(この王太子、本当に重症ね……取り返しがつかなくなる前に、逃げないと)


 内心ではそんなことを考えながらも、リリルーシアは他人から愛される初めての生活に徐々に心地好さを覚えるようになっていた。


 これまでの人生で嫌われ役を買って出て、妹の代わりに散々後ろ指を差されて生きてきたリリルーシア。


 リリルーシアの一挙手一投足を褒め称え、可愛い、愛おしいと連呼してくれるジェラルドの存在は、いつしかリリルーシアの中で擽ったくも憎めない存在になっていった。


 一方のジェラルドは、初めての愛猫に夢中になりながらも、妹であるエリザベスを毎日見舞っていた。目を覚さない妹を見る度に胸が締め付けられ、そして考える。エリザベスが起きれば、念願の愛猫を得たジェラルドのことを誰よりも祝福し、一緒に可愛がってくれるのに、と。


 妹が目を覚ました時のことを思い描いては、日に日に痩せ細っていく姿を見て絶望する。


 それを慰めてくれるのが、他でもない愛猫の存在だった。


(今日も落ち込んで帰ってきた……エリザベス王女殿下は、まだ回復しないのね)


 普段は少々素っ気ない態度のジェラルドの愛猫は、ジェラルドが妹の宮から戻った時だけは、落ち込みを理解してくれているかのように寄り添ってくれた。


 ツンツンとした態度の中にたまに見え隠れするこの〝デレ〟に、凄まじい勢いで魅了されたジェラルドは、より一層愛猫にのめり込んでいったのだった。












 できることなら仕事にも愛猫を連れて行きたいと豪語するジェラルドだが、当然そんなことは叶うはずもなく。外では愛猫の前にいる時とは別人のような、完璧な王太子としての公務をこなしていた。


 この日もジェラルドは、泣く泣くリリルーシアを留守番させて、とある屋敷に来ていた。


「まあ! 王太子殿下、お会いできて光栄ですわ!」


 王太子であるジェラルドと側近のヘンリーを出迎えたのは、噂の人物、ナタリーサ・ポーパッズ。


 ジェラルドがナタリーサに会って最初に思ったのは、『声がデカくて甲高い』、だった。猫はこういう声を嫌がると何かの文献で読んだことがある。そのためジェラルドもこういった声は好まない。


「ジェラルド様はお噂通り、とってもかっこいいですね!」


 ジェラルドにとって、異性から品定めするような媚びるような視線を投げ掛けられるのは日常茶飯事。他の女と変わらない粘ついた視線を無視しながら、ジェラルドは早速本題に入った。


「王女エリザベスの事件のことを、詳しく聞かせて欲しい。君は事件の唯一の目撃者。君は君の姉であるリリルーシア・キャタウォールがエリザベスに毒を盛ったと証言したらしいが、間違いないか?」


 淡々としたジェラルドの問いに、ナタリーサはクネクネと身をくねらすと、態とらしく涙声を作った。


「そうです! 私、この目で見ました。間違いなくお姉様が王女様に毒を盛ったんです。うぅ……」


 そう断言するナタリーサに、ジェラルドは違和感を覚える。


「何故、そう断言できる?」


「それは……ほら、お姉様って嫉妬深いんです。いつだったかしら。アカデミーに通い始めた頃、お姉様は騎士のサミュエル卿に恋をしてましたの。逞しい腕が魅力的だった殿方ですわ」


 話が飛躍し、急に始まった色恋話にジェラルドはそっと眉を寄せた。


「お姉様は彼の婚約者に泥を浴びせてドレスをズタズタに引き裂いたことがあったんです。それも、誰も見ていない時にこっそりと。陰湿でしょう?」


「……」


「他にも、伯爵令息のドナルド様。彼の恋人にはヘビやカエルを送り付けて散々な目に遭わせたんです」


「……」


「そんなふうに嫉妬に駆られて酷いことばかりするお姉様ですもの。王女様に毒を盛ってもおかしくはありません!」


「……夫人の言うそれらの事件について、証言者や証拠はあるのか?」


「いいえ! ですが、全てはお姉様が自分でやったと白状したのです。キャタウォール家の財産から補償を出したこともありますわ。ねえ? お姉様がどれだけ性悪か、よく分かりますでしょう?」


 ジェラルドは、次から次へと姉を貶す言葉ばかり吐くナタリーサに同調することはせず、率直に問い掛けた。


「君が言うそれらの証言が、今回の事件と直結しているようには思えない。何故君の姉は、わざわざエリザベスに会いに行った? 本当に覚えていないのか?」


「……分かりました、ジェラルド様にだけお話しします。実は、エリザベス様は私の夫ウィリアムを誘惑していたんです!」


「なんだと?」


 ジェラルドが出した低い声に、ナタリーサは手応えを感じて更に声を高くした。


「私はそれでもウィリアムを信じているから、辛いけど耐えました。でも、お姉様は違った! まだウィリアムに未練のあったお姉様は、妻である私と一緒にウィリアムの愛人である王女様を毒殺しようとしたんです!」


 芝居がかったナタリーサの言葉を聞いたジェラルドは、静かに声を震わせた。


「エリザベスが、ウィリアムを誘惑……愛人関係にあったと?」


「そうなのです! 王女様も王女様だわ。人の夫に手を出すだなんて。だけれど、私は心が清いから王女様を許します」


 ナタリーサの話を聞いたジェラルドは、途轍もない不快感を覚えた。


 ジェラルドはよく知っていたのだ。妹のエリザベスが遠い異国へ留学を決意したのは、幼馴染のウィリアムから逃れるためだったと。


 幼い頃からエリザベスに想いを寄せていたウィリアムは、成長するに連れてエリザベスに対しストーカー紛いの行為をするようになっていた。


 兄であるジェラルドにそのことを相談していたエリザベス。ジェラルドは怒りに任せてウィリアムを締め上げようとしたことがあるのだが、公爵家の跡取りと王家が険悪になるのを憂慮したエリザベスは、自分が国外に出ることで事なきを得ようとした。


 それを……。幼馴染の行き過ぎた行為に恐怖を感じて留学までし、ウィリアムが結婚すると聞いて安心して戻ってきたエリザベスが、何をどう間違えばウィリアムと密通するだなんて話になる?


 ……理解できない。


 そもそも、先程からこの女の話は支離滅裂で、口にするのは他者の悪口ばかり。とにかく姉を悪者にすることしか考えていない。


 到底信用できない、とジェラルドはナタリーサに向けて嫌悪感を抱いた。


 黙り込んだジェラルドのことをどう勘違いしたのか、ナタリーサはここぞとばかりに王太子に身を寄せる。


「私、ウィリアムに裏切られたけれど、このまま離婚されても本望です。だって、今更気付いたの。私の運命の人はウィリアムではなくジェラルド様……」


 ジェラルドは、ナタリーサがそれ以上戯言を吐く前にスッと立ち上がる。ジェラルドの肩にもたれようとしていたナタリーサは、無様にゴロンと転がった。


 ジッと成り行きを見ていたヘンリーが、ジェラルドの帰り支度の為に席を立つ。


「ジェラルド様……?」


「……吐きそうだ。君、香水の匂いがキツ過ぎるぞ。公爵夫人になるのなら、客人を迎えるマナーはもう少し勉強した方がいい」


 口を押さえたジェラルドは遠慮せずにそれだけ言うと、ヘンリーを従えてナタリーサの元を後にしたのだった。











 その頃、留守番をしていたリリルーシアは、とあることが我慢できなくなっていた。


(こ、この匂い……間違いないわ!)


 ジェラルドがナタリーサに会いに行くのは気になったが、それよりも猫になってしまったリリルーシアは、本能に忠実だった。


 ヘンリーが用意し、ジェラルドが部屋に置いていったその箱からは、あの甘い匂いが漂っているのだ。我慢などできようはずもない。


(彼が用意してくれる最高級のキャットフードは不味くはないけど、ずっとあれしか食べてないから、余計に我慢できないわ!)


 涎を垂らしたリリルーシアは、ジェラルドに申し訳ないと思いつつも、牙でリボンを解いて、綺麗に包装された箱を前足で器用に開けた。


 中にはリリルーシアの大好物が詰まっていた。










「ただいま、リリル! どうかお前の愛らしさで俺を救ってくれ!」


 部屋に飛び込んだジェラルドは、嫌な記憶をとことん消し去ろうとでも言うかのように、リリルーシアを思い切り抱き上げた。


「ニャッ」


 驚いたリリルーシアは、いつもの肉球でジェラルドの頬を押し返す。


「あー、この優しい匂い。モフモフ。ツレない態度! やっぱりリリルは最高だ! どこぞの香水臭い女とはわけが違う!」


(何なの、いったい……)


「今日のは流石に同情します。思う存分猫様を愛でて下さい、殿下」


 ヘンリーまでもが憐れんだ瞳をジェラルドに向けている。よく分からないが、とにかくリリルーシアを抱いてブツブツ言うジェラルドに、疲れが溜まっているのだろうかと心配になるリリルーシア。


「待て……これは何だ?」


 しかしそこで、ジェラルドは部屋に散乱するあるものに気が付く。綺麗に開けられた箱と、解かれたリボン。箱の中身は空っぽだった。確か、その中に入っていたのは……



「まさか、リリル! お前、チョコを食べたのか!?」




読んで頂きありがとうございます!


※猫にチョコを食べさせてはいけません!


12話で完結予定です。

もう少々お付き合い下さい!

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― 新着の感想 ―
[一言] 王女様を許しますってお前何様だよ……。 あと 猫にチョコはだめぇぇぇぇえ
[気になる点] 瑠璃色の目をした真っ白なモフモフさま。 ちなみにノーブルでエレガントな短毛種か、ゴージャスでファビュラスな長毛種かなんてのは、読者の想像にお任せでいいのでしょうか。。 [一言] 猫はチ…
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