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番外編 白猫のぬいぐるみ






「王妃様、グルーム伯爵夫人とご令嬢が到着されました」


「通してちょうだい」


 ウィスカーズ王国の王妃はそう答えると、立ち上がって客人を出迎えるために身なりを整える。


 程なくして入ってきたのは、お揃いの美しい金髪を揺らす母娘だった。


「王妃様にご挨拶申し上げます」


「ごあいさつ、もうしあげます」


 まだ幼い令嬢は舌足らずに母の真似をしながら、ドレスの裾を持ち上げ淑女の礼をした。


 その愛らしい姿に王妃は目を細める。


「そう畏まらなくてもいいのよ。顔を上げて、いつも通り気楽に話してくださいな。エリザベス、シャーロット」


 途端に顔を上げたエリザベスは、満面の笑みを浮かべて手を伸ばした。


「リリルーシア! 久しぶりね。元気そうで何よりだわ!」


「リリルーシアおばさま、おひさしぶりです!」


 義妹と姪に抱き着かれた王妃リリルーシアは、クスクスと笑いながら彼女達を抱き締め返す。


「ふふ。二人とも、相変わらずね」


「ずっと寝込んでいると聞いて、あなたのことをとても心配していたのよ。悪阻はもう大丈夫なの?」


「ええ。楽になりましたわ。一時期は本当に食事を受けつけられなくて、陛下に随分と心配をかけてしまったのだけれど……」


「お兄様は大袈裟すぎるのよ。片時もあなたのそばを離れなかったのでしょう? おかげでうちの人がどれだけ苦労したことか……。残業続きで家にもなかなか帰ってこなかったのだから」


「それは本当に申し訳ないわ……」


 眉を下げるリリルーシア。


 一年と少し前のこと。ジョージの成人を機に弟に爵位を譲ったリリルーシアはジェラルドと結婚し、結婚と同時にジェラルドは国王に即位した。


 愛の重い彼との甘々な新婚生活が続く中、王妃となったリリルーシアの妊娠が判明した時は大騒ぎだった。


 悪阻に悩まされるリリルーシアにへばりついて心配するジェラルドは公務も疎かになり、彼の従者であるエリザベスの夫は連日対応に明け暮れていたという。


「悪いのは全部お兄様ですもの、あなたは悪くないから気にしないで。この子も父親に会えなくて寂しそうではあったけれど、事情を話してあげたらちゃんと納得したのよ」


 娘のほうを見やったエリザベスは、何やらリリルーシアを見上げてうずうずしている娘に気づき、その背中をそっと押してやる。


「シャーロット、赤ちゃんにご挨拶をさせていただいたら?」


 母に言われたシャーロットは、控えめな視線を伯母であるリリルーシアに向けた。


「おばさま、さわってもいいですか?」


「どうぞ、シャーロット」


 手を広げたリリルーシアに安心したシャーロットが、ゆったりとしたドレスのお腹に小さな手を当てる。


「早くあなたに会いたいわ。元気に生まれてきてね」


 お腹の中にいる小さな命に向かって熱心に話しかける姪を見たリリルーシアは、自然と笑顔になる。


 その時だった。


「リリルーシア! エリザベスとシャーロットが来たのか!?」


「陛下……」


 突入してきた国王ジェラルドが、血相を変えてリリルーシアのもとに走ってくる。


「客人なんか出迎えて、体調は大丈夫なのか?」


「もう大丈夫だとお伝えしたではありませんか」


「しかし……! あんなに大好きなチョコレートでさえ食べなかったじゃないか! こんなにやつれて……! もう少し寝ていたほうがいいのでは? このままではお前が心配で何も手につかない!」


 愛の重い兄の残念な様子を横目で見たエリザベスは、兄の後ろで虚な目をしているヘンリーに寄り添ってそっと耳打ちをする。


「あなた、今日は早く帰れそうなの?」


「ああ。陛下に直談判した。もういい加減に仕事をしてくださいと。さすがに承知してくれたから、今日は二人と一緒に帰るよ」


 両親の会話を聞いていたシャーロットは嬉しそうに飛び跳ねる。


「お父さま、今日は早く帰れるのね!」


 愛しい娘を抱き上げたヘンリーは、目元を和らげて我が子に頷いた。


「ああ、今日はたくさん一緒に過ごそう。シャーロット……いつも寂しい思いをさせてすまないな」


「ううん。お父さまはすごくがんばっていらっしゃるって、お母さまが言っていたもの」


 ぎゅうぎゅうに抱き着くシャーロットを抱き締め返しながら、ヘンリーはエリザベスと目を見合わせて微笑み合った。


 幸せそうな妹家族の隣で、ジェラルドは涙ながらに愛妻へ訴え続けている。


「そんなふうに立ち上がって動いたりして! もし転んだりでもしたらどうするんだ? 頼むから無理はしないでくれ。お前の身に何かあったら俺は生きていけない……!」


 縋り付く夫に呆れるリリルーシアは、手を伸ばして諭すようにジェラルドを見た。


「ですが、もう食事も喉を通るようになりましたし、ずっと寝ているのも体に良くありませんわ」


「そうよ、お兄様。少しくらい動かないと、逆に体に悪いのよ」


「そ、そういうものなのか!?」


「ええ。だから散歩くらいは許可してあげないとダメよ。あと、さっきから気になっていたのだけれど……それは何?」


 天高く積み上げられた荷物を指して、エリザベスは頰を引き攣らせる。


「これは子供用のオモチャだ。我が子へのプレゼントに決まっているだろう!」


「まだ王子か王女かも分からないのに、次から次へと購入して困っているの」


 胸を張るジェラルドと、ため息を吐くリリルーシア。


 エリザベスは妹として、兄に呆れ果てた。


「お兄様、少し落ち着いたらどうなの? いくら楽しみだからって、赤ちゃんが生まれるのは何ヶ月も先でしょう? 気が早すぎよ」


「仕方ないだろう、待ち切れないのだから! 事前に用意しておいて何が悪い! それに……王子でも王女でも、これは喜ぶだろう!」


 そう言ってジェラルドが取り出したのは、リリルにそっくりな白猫のぬいぐるみだった。


「徹夜で自作したんだぞ! 自信作だ!」


 呆れる大人達の中で、シャーロットだけが目を輝かせる。


「まあ、かわいい!」


「お、シャーロットは見る目があるな。ちょっとだけなら、特別に触らせてやろう」


 得意げなジェラルドは大事なぬいぐるみを少しの間だけ姪に貸してやる。


「うわぁ! ふわふわです!」


「ふふん、当然だ。猫の時のリリルをモデルにしたからな。ふわふわモフモフのあの感触を再現しようと、どれほど心血を注いだことか……!」


「そんな時間があれば溜まりに溜まった仕事をしてほしいんですけどね」


 すかさずチクリと呟くヘンリーに、ギクリとしたジェラルドは目を逸らす。


「……ちゃんと仕事もするから安心しろ」


 ヘンリーが疑わしげな目を向けていると、ノックの音が響いた。


「失礼いたします。王妃様、フラフィテール伯爵からお手紙が届いております」


「まあ、ジョージから?」


 手紙を受け取って読んだリリルーシアは声を弾ませる。


「ジェラルド様! ジョージが、私の体調が良ければ話したいことがあるのですって。陛下にも同席いただきたいと。きっと婚約の話だわ! あの子、ようやく初恋を実らせるのね」


 弟の手紙を何度も読むリリルーシアは感激で涙目になる。


 そんな妻の肩に手を置いたジェラルドも、表情を緩めていた。


「やっとか。長かったな」


「おめでたいわね! 正式に婚約が決まったら、ぜひお祝いさせてちょうだい」


 ジョージとその相手のことをよく知っているエリザベスやヘンリーも、安心したように笑顔になる。


 嬉しそうな大人達の中で、白猫のぬいぐるみをジッと見ていたシャーロットは我慢できず、おもむろにジェラルドの袖を引いた。


「国王へいか、聞きたいことがあります」


「ん? なんだ?」


 跪き視線を合わせたジェラルドに、シャーロットは爆弾をぶつけた。


「へいかとリリルーシアおばさまの赤ちゃんは、ネコになりますか?」


「!!」


「リリルーシアおばさまは満月の光でネコになるから、赤ちゃんもネコになるのかなって。もしネコになるなら、ロティも見てみたいです!」


 無邪気なシャーロットの笑顔に対し、ジェラルドは冷水を浴びせられたかのようにピシャリと固まった。


「俺とリリルーシアの子が、猫に……?」


 これはマズい、とジェラルド以外の大人達が警戒して身構える。


「子……猫……仔猫!!!???」


 カッと目を見開いたジェラルドは、国王の威厳など投げ捨てて震え出す。


「シャーロット、危ないから離れていなさい。見ちゃダメよ」


 エリザベスとヘンリーが我が子を守るように盾になる中、猫好きを拗らせたジェラルドは発狂した。


「俺の愛するリリルーシアが産む、生まれたての仔猫だと……!? 仔猫……仔猫!? ふわふわモフモフどころじゃない! 手の中に収まるほど小さくて温かくて綿毛のように繊細なモフモフ……愛らしさが天界を突き抜けている! そんなの、天使なんてもんじゃないだろう!!」


「ジェラルド様、子供の前ですよ。どうか落ち着いてください!」


 リリルーシアが宥めるも、妄想を滾らせたジェラルドは止まらなかった。


「ああ、一体俺はどうすればいいんだ!? 想像しただけで動悸と眩暈がっっっ!! そんな愛らしい存在をこの手に抱こうものなら確実に尊死する……! 絶対に可愛いに決まっている!! リリルーシアに似ていても俺に似ていても可愛い!! ぐぅぅ、考えただけで心臓が止まりそうだっ!!」


「前にも言ったじゃないですか、私達の子供がどうなるかは分からないと。猫にならない可能性のほうが高いと思いますよ?」


 リリルーシアがそう伝えると、ジェラルドは悲壮な顔で膝を突いた。


「そんな無慈悲なことを言わないでくれ!! 仔猫をこの手に抱く俺の野望がっ!!」


 崩れ落ちて涙ながらに床をガンガンと叩く国王の姿は、とても子供に見せられるものではなかった。


「……相変わらず残念だこと。今からこれじゃあ、先が思いやられるわね」


「……まったくだ」


 呆れた目をするエリザベスとヘンリーの間で、白猫のぬいぐるみを抱いたシャーロットはぬいぐるみに向けて話しかけている。


「元気に生まれてきてね。ロティがたくさんあそんであげるから、仲良くしましょうね」


 そうして、これから出会えるであろう仔猫に思いを馳せて、嬉しそうに微笑むのだった。




読んでいただきありがとうございました!


本作のコミカライズ3巻が本日発売です!

全3巻で完結となっておりますので、ぜひお手に取っていただけますと嬉しいです!

作画の七瀬先生が書き下ろしてくださったオマケ4コマ漫画など、とっても面白いのでぜひ!


また、なろう版では書いていなかったエリザベスとヘンリーの恋が気になるお方は書籍版を読んでいただけると、ジレジレな二人のやり取りを詳しく書かせていただいております。書籍版はお父様侯爵の結末が違ったり、ジェラルドの溺愛がボリュームアップしてたりと、なろう版とはまた違った内容が楽しめます!


ナタリーサ処刑後のお話が読みたい方は、電子書籍で小説2巻が出ておりますのでぜひチェックしてみてください!

小説2巻の内容としては、ジェラルドの父である国王のミスでジェラルドと隣国の王女との間に縁談が進みそうになり……リリルーシアとの婚約は白紙に!?ジェラルド大激怒!!といった内容です。

この隣国王女がナタリーサ並みの性悪さんで、翻弄されるリリルーシアは再び猫の姿になったり過去に送られたりと、散々な目に遭います。

そしてエリザベスとヘンリーのジレジレや、ジョージの活躍と初恋も読めちゃいます!

巻末には無事に生まれた二人のベビーのお話も!

ジェラルドが子供にまで溺愛爆発しておりますのでぜひ〜



書籍1〜2巻(2巻は電子のみ)

コミック1〜3巻


ぜひぜひよろしくお願いいたします!


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― 新着の感想 ―
かわいい話でした! 結局子供は産まれたあと、満月の日には猫になるんでしょうか? お父さんの猫愛モード炸裂がトラウマにならなきゃいいのですが…!w
これ、満月の日はお腹の中どうなってるんだろう。
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