貴方に『愛』を誓うなんて、未来永劫ありえない
リーゼロッテはユリアーナの言葉にふっと笑った。
「あら、言えるじゃない。ユリアーナ・ヴィスコット男爵令嬢」
「えっ!あ、あたしのことを……」
知っていたのか、とユリアーナは驚きに目を見開いた。
「わたくし、記憶力は良いの。だけど、貴女がここにいる理由は何なのかしらね」
「あ……」
一目、リーゼロッテ様にお会いして、そして謝罪をして死ぬつもりです。
そう言うつもりの口は、動かなかった。
言葉が出ないまま、ただ、ユリアーナはリーゼロッテを縋りつくようにして、見た。
本当は、ユリアーナは死にたいのではなかった。
夜会で、ハンカチを渡してくれた時のように、リーゼロッテに助けてもらいたかった。
だけれども、不本意にもジェレミーの子を腹に宿しているユリアーナに、「助けて」という言葉は言えなかった。
リーゼロッテはユリアーナの気持ちを知ってか知らずか、ただため息を吐いた。
「ねえ、貴女。ご存じかしら?わたくし、明後日に王太子殿下との結婚式を挙げなくてはならないの」
こくり、とユリアーナは頷いた。その結婚式に参列せよと、ジェレミーからドレスや宝石も贈られていた。
「それからね。わたくしの両親が……。わたくしが結婚式から逃げないようにと、現在投獄されているのよ」
「えっ!?」
「わたくしと王太子殿下の婚姻を無くして欲しいと、お父様とお母様が嘆願してくださって……で、そのまま、この館には帰って来なくなった」
まるで独り言のように、リーゼロッテが告げた。
「だからね、わたくしが貴女に今して差し上げられることはないわ。だけど……、わたくしに何か言いたいことがあるのなら、貴女、結婚式に参列なさいな。面白いものを見せてあげる。そして、それを見た後で、何をどうしたいのか、ご自分で判断なさったらよろしいわ。わたくしが今言えるのはここまで。では、明後日、大聖堂でお会いいたしましょう」
ユリアーナは、再びふらふらと自分の家に戻り、そしてリーゼロッテの結婚式の日を待った。
俯いていればいつか誰かが助けてくれるなんて思わないで。
自分の手で、その子を守りなさい。
生まれてくる子に罪はない。
わたくしが貴女にかける言葉はそれだけよ。
リーゼロッテがユリアーナにかけた言葉は確かにそれだけ。だが、リーゼロッテのあのルビーのペンダントが、ヴェールと共にユリアーナへと放り投げられていた。
今、エッケルシュタイン王国の者は誰一人として身動きのできないはずだった。けれど、リーゼロッテのルビーのペンダントには、《録画》魔法だけでなく、あらゆる魔法を跳ね返す術式までもが組み込まれていた。だから、ユリアーナは動くことが出来た。
ヴェールとペンダントをユリアーナはぎゅっと握りしめ、それからおもむろに立ち上がった。
俯いていればいつか誰かが助けてくれるなんて思わないで。
自分の手で、その子を守りなさい。
俯いていればいつか誰かが助けてくれるなんて思わないで。
自分の手で、自分を……守りなさい。
胸の中で何度も何度もリーゼロッテの言葉を繰り返す。
足は震える。声も同じように。だけど……。
ユリアーナは、歯を食いしばってジェレミーの前へと進んだ。
「……殿下」
「おおっ!ユリアーナっ!そなただけは動けるのかっ!私の愛がリーゼロッテの魔道からその身を守ったのかっ!」
ユリアーナは怖かった。心臓がバクバクとうるさいほどに、鳴っていた。
だけど、ユリアーナは言った。
「……『愛』ではございません」
「はっ?」
「殿下があたしにしたことは……『愛』なんかじゃ、ない。あたしに対する単なる凌辱。あたしは抵抗すらできず、恐怖に怯えていただけです」
「何を言っているのだユリアーナ」
震えながら、それでもユリアーナは息を思い切り吸い込み、生涯で初めて怒鳴り声を上げた。
「もう二度とあたしに触らないでっ!貴方に『愛』を誓うなんて、未来永劫ありえない!!」
はあはあと、息をする。
驚愕に目を見開いているジェレミーに背を向け、ユリアーナは転がるようにして、神殿から出て行った。
そうして、ユリアーナが聖堂から外に出た時には、既にリーゼロッテはドラゴンの背に乗って飛び立ってしまっていた。
空を見上げるユリアーナの胸の中に、リーゼロッテの声が響く。
助けてほしいなら、声に出して言いなさい。
「……リーゼロッテ様」
返事のように、彼女の名を呼び、そして。
ユリアーナの手には未だヴェールとペンダントがあった。
ドレスのポケットには必要になるかもしれないと思い忍ばせていたわずかな金と……リーゼロッテからのハンカチがあった。
それらを胸にぎゅっと抱きしめながら、ユリアーナは歩き出した。