わたくしが、何も知らないとでもお思いですか?
台詞をかなり直しましたm(__)m
「ど、どういうつもりだ貴様っ!お前の親が死んでもいいというのか!?」
再びジェレミーが大声を上げた。
「まあ……、どういうつもりも何もございませんわ。神の前ですから、偽ること無いわたくしの心情を正直に申し上げているだけでございますけれど何か?」
くすりと、嘲るように笑うそのリーゼロッテ。その瞳はまさに獲物を目の前にした猛禽類のようであった。
「わたくしが、何も知らないとでもお思いですか殿下?」
リーゼロッテが圧のある笑顔のままに、ジェレミーを睨む。
「な、何のことだっ!」
「貴方が愛していらっしゃるのはそこにいるユリアーナ・ヴィスコット男爵令嬢。そして、彼女は貴方の子をその腹に宿しているということを」
リーゼロッテの指がすっと列席者の一点を指さした。
列席者たちの視線が、その指先の人物に集まる。
「あ……あ、あたし……は……」
ふわふわとした薄桃色をした髪を持つ小柄な女性……ユリアーナが、いきなりの指名と、大勢からの視線にガタガタと震えだす。見れば確かに彼女の腹は大きく膨らんでいた。
「さて、殿下の罪を明らかにする前に誰かそちらのご令嬢に椅子を。妊婦を立たせておくべきではないでしょうからね」
パンパンと手を打つリーゼロッテに、神殿の神官たちが慌てて動き出した。ジェレミーは蒼白な顔をしたまま、動きもしない。
「彼女と彼女の子が殿下の罪の証……と言いたいところですが、腹の中の子に罪を追求する気は毛頭ございません。わたくしが罪を問いたいのはジェレミー・ド・エッケルシュタイン王太子殿下、貴方ただお一人ですわ」
蔑みの視線を、リーゼロッテはジェレミーに向ける。
「…………だから、何だ?王太子……つまりは未来の王たるこの私が、側室や愛人の一人や二人作ったところで何の罪となる?」
「ええ、愛人でも側室でもどうぞご自由にお持ちくださいませ?ただし、わたくしは、婚姻前からすでに愛人を持ち、その愛人との間に子を儲けるような行為を行う不誠実な殿方と婚姻するつもりなど欠片もございません」
リーゼロッテはそこで一旦言葉を止めた。刺すようにしてジェレミーを睨む。
「殿下はわたくしを正妃にはするおつもりのようですが、けれどそれはわたくしを愛しているからではない。そちらの男爵令嬢に正妃の仕事は難しい。教養も語学力も何もかも、今から真摯に学んだところで身に付けられる才覚はない。だから、わたくしを正妃という名で隷属させ、裏ではのうのうと愛人と睦み合う……。そして陛下方も殿下と同じお考えをお持ちですわね。内政に、諸外国とのお付き合い……難しい外交は全てわたくしに任せ、遊興のために時間を割きたい……でしたかしら?無能な王に率いられている国民は不憫ですわね。わたくしが……単なる侯爵の娘に過ぎないわたくしが、これまでどうやってこの国を陰から支えて差し上げてきたのか……。いったいどのくらいの者達が理解しているのでしょうね。怠惰の罪、姦淫の罪。そして不誠実。更には脅迫。全て白日の下にさらしましょうか?」
「……お前の言うことに何の証拠がある」
「あら、証拠というのならば、殿下がそちらの男爵令嬢に捧げた言葉やわたくしが陛下からかけられたお言葉をいくつも《録画》させていただいておりますわ」
「何っ!?」
リーゼロッテがその胸を飾るルビーのペンダントに手をかけた。
「それっ!」との掛け声とともに、ペンダントを宙に放り投げる。何故か、ルビーが空中でいくつかに割れ、その欠片が薔薇窓に向かい飛ぶ。そして、薔薇窓のガラスにルビーが溶けた。
「このペンダントはベオグラード魔道王国の魔道具の一つですわ。《録画》魔法というものだそうです。もちろん皆様の中には既にご存じの方もいらっしゃることでしょう。もし知らずとも、見ていればどういうものか、すぐにわかりますわ」
幾つもある薔薇窓には王太子と男爵令嬢の姿が映っていた。そして、その画像が動きだした。
「なに、難しい仕事などリーゼロッテにすべてやらせればいい。公には私の妃とするが、私がリーゼロッテを抱くことなどない。私の愛は全てユリアーナのものだ」
「あの女とて10年にも渡る王太子妃教育を無駄にはするまいよ。政治に経済に諸国との付き合いに……あの女はそういうのが得意なんだ。名誉ある仕事を与えてやるのだから光栄に思うだろう。国政などの些事は、リーゼロッテに任せ、ユリアーナにはもっと大事な仕事を任せたいのだよ。そう、もちろんこの私の子を生すことだ。つまりは次代の王を産むことだ。あははは、安心していいよ。ユリアーナの産んだ子は、表向きはリーゼロッテが産んだことにするから問題なく王太子となるだろう。ああ、男だけでなく姫も産んでもらいたいな。たくさん子を儲けよう。そして、私たちの『真実の愛』で結ばれた子がこの国をさらに発展させていくんだよ。リーゼロッテという名の献身を利用してね」
いくつもいくつも。ジェレミーがリーゼロッテを蔑みユリアーナに『愛』を囁く画像が流れた。
そして映像が終了すると同時に、割れたはずのルビーが薔薇窓から飛び出て、元のペンダントに戻る。
リーゼロッテが手を上に伸ばし、戻ってきたペンダントをその手で掴む。
「こ、このようなものは全てリーゼロッテの嘘だっ!まやかしだっ!それに何故お前がベオグラード魔道王国の魔道具などというものを持てるのだっ!?《録画》魔法など、そんなもの聞いたこともないっ!」
「あら、無知な殿下がご存じないだけですわ」
「無知だとっ!私が無知ならお前は嘘つきだろうがっ!かの魔道大国がお前ごときと関わるはずはないっ!」
ベオグラード魔道王国。
伝説によれば、世界中を蹂躙したドラゴンと、そのドラゴンを婚姻という名の制約で地に縛り付けた魔女、その二者が結ばれて出来た国である。
そして代々の王はいくつもの偉大なる魔道をこの世にもたらしている。
例えばランプの《燃焼》魔法。
ベオグラード魔道王国が建国される以前は、蝋燭を燃やし、灯りを取っていた。今は魔道のランプが周囲を照らす。
そのように便利な道具はすべてベオグラード魔道王国で発明され、普及していった物だ。ランプのように平民にも使われている廉価なものもあれば、《録画》魔法が付与されたペンダントのように、ベオグラード魔道王国以外には流出していないものもある。
「まあ、ベオグラード魔道王国との関わり……ですか?当然ございますわ。といいますか、逆にお聞きしますが、王太子殿下?貴方も陛下も、まともに外交をなさらずに遊んでばかりいらっしゃったでしょう?代わりにこのわたくしが王太子の婚約者として諸外国を飛び回ってきた。国益のため、たくさんの国々と縁を結んで参りましたわ。お忘れですか?もちろんベオグラード魔道王国とも、それ以外の国々とも、わたくし、かなり懇意にしておりますわよ?」
かなり懇意、のところに含みを持たせた言い方を、リーゼロッテはした。
「だ、だが、ベオグラードの者など参列していないではないかっ!何が懇意だ嘘つきめ!」
「今は別のことで忙しいのです。お越しいただいていないわけではございません」
「なに?」
「まあ、そちらは後程。まずは順を追って、王太子の仰った『証拠』のお話でも片付けましょう?そうそう、《録画》魔法を嘘だと仰るのならば……、そちらの男爵令嬢の膨らんだ腹の中にいるのは王太子殿下の種ではない……ということになりますね。では、男爵令嬢は別のお相手と睦みあい、子を生し……それを王太子殿下の子と謀ったと……そう仰いますの?ふふ、大罪ですわねえ……」
敢えてゆっくりとした口調で、リーゼロッテは告げた。
「ユリアーナと私は『真実の愛』で結ばれているのだっ!子は私たちの愛の証だっ!」
ジェレミーの声に、国王と王妃は顔を覆った。
「馬鹿が……」
呟く国王の声を、耳ざとくリーゼロッテが拾う。
「馬鹿というのは王太子殿下だけでなく、わたくしの意志に反してこの結婚式を執り行おうとした皆々様にも当てはまる言葉でしょう?……わたくしは申し上げました。王太子殿下と男爵令嬢の不貞を。そんな相手にわたくしは嫁ぐことは出来ないと……、何度も何度も何度も何度も……。聞かなかっただけでなく、わたくしの家族やわたくしの家の使用人までをも人質に取り、わたくしに無理矢理にこんなウエディングドレスを着せて、こんな場に引きずり出したのはどこの誰?」
リーゼロッテは恨みに満ちた目を、国王と王妃……そして、その周りを取り巻く重鎮たちに向けた。
無言のままにリーゼロッテを睨み返す国王たちに、リーゼロッテは一歩も引かなかった。
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