3.新しい専属護衛
「ガートラント伯が私の専属護衛に?」
痛みはなんとか二、三日で治り日常生活が送れるようになった頃、ダーウィン家に王宮からの使者が来た。しかも使者として来たのはエーベルハルトだった。
「エーベルハルトとお呼びください、聖女様」
エーベルハルトに聖女様と呼ばれると胸が痛む。だからってマリアローズとも呼ばれたくはない。それは私の本当の名前ではないから。
私の本当の名前は貴族の娘にふさわしくはないという理由で養女になった時に勝手に捨てられた。
エーベルハルトはやはり私のことなど覚えてはいないのだろう。それも当然だ。伯爵とスラムの子供。月と鼈ではないか。
「エーベルハルト卿」
「呼び捨てで構いません」
「私の前の護衛の方はどうなりました?」
「一身上の都合により騎士を辞めました」
「一身上の都合により?」
「はい」
だとしても急すぎない?
良好な関係ではなかったが、険悪な関係でもなかった。事情があるにせよ、一言ぐらいあっても良いでしょうに。
「これから、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
でもまぁ、私的なことを話す間柄でもなかったし、こんなものなのかな。
***
エーベルハルトが護衛になってから妙なことが続いた。
私のことを見下していた使用人がなぜか私に無礼な態度を取らなくなった。それどころか、どこか怯えたような目をしている。気にはなるが害がないのならそれで構わない。
元々、積極的に関わりたいとは思わないから。
「エーベルハルトは、ずっと私の側にいるのね」
「私はあなたの専属護衛です。一緒にいるのは当然です」
「そういうものなの?でも、前の護衛は違ったわ」
「・・・・・因みに前の護衛はどなたがしていたか覚えていますか?」
「ころころ変わるからそんなのいちいち覚えてないわ」
護衛騎士はみんな貴族出身者だった。王族の護衛をすることを夢見て頑張っていたのにスラム出身者の護衛をさせられて不満ばかりの護衛は不真面目な者が多かった。
それで私の身に何かあれば困るのは自分達なのにそういう考えには至らない奴らばかり。きっと今まで金や権力で解決して来たんでしょうね。だから、問題が生じたときに自分達の責任を問われるという当然の可能性に気づきもしない。
「それは良かった。不快な存在があなたの中に残っていたらどうやって消去しようかと悩んでいたから」
「?」
何か呟いたように見えたけどエーベルハルトはいつものように笑っていた。
昔から何を考えているか分からない人だった。
暫く会っていなかったせいか、それに拍車がかかっているような気がする。
エーベルハルトなのに、まるで知らない人みたい。
「どうかしましたか?」
「ううん。なんでもない」
深く、理解しようとするのは止めよう。踏み込むのは止めよう。
もう、何も気にせずに恋心を抱き続けられる年齢じゃない。私は運よく貴族の養女になれただけのスラム出身の聖女で相手は正真正銘、貴族様なのだから。
下手に関わったって傷つくだけ。
それに人のことを気にしている余裕なんて今の私にはない。今は聖女で、公爵家の養女だけどそれはいつだって簡単に掌から溢れていく儚いもの。
今は後ろ盾になっている公爵家が私に牙を剥く日が来ることだって。貴族様事情や情勢の変化で。スラム出身の私の首を刎ねるのは簡単だろうから。
気を抜けばいつだって奈落の底だ。
「聖女様、王宮から使いが来ています。新しい任務だそうです」
使用人の一人から受けた連絡に私は神妙に頷く。
いつまでこの生活を続けなければならないのだろうかという思いを奥底に沈めて私は任務へ向かった。