2.強要される自己犠牲の代償
「おい、聞いたか」
「第二騎士団の団長だろう。ああ、聞いた。通り魔に手首を切り取られたんだろ」
「親の七光で団長職についた奴だったが、それでもそれなりの実力はあっただろ」
「ああ。団長クラスには到底及ばないが、ただの通り魔にやられる程度の実力ではなかったな」
「しかも、命は助かったけど気が触れたって話だってな」
「『もう二度と触りません、許してください』ってずっと言い続けてるんだろ。不気味だよな」
***
私は昨日の討伐の際に私に無礼を働いた騎士団長が通り魔にやられて騎士を辞める羽目になっていることなど知らずに一日中部屋で過ごしていた。
「っ。くそっ」
身体中が痛くて、痛みのせいで熱も出ているので部屋の外がどうなっているかなど気にする余裕などなかった。
ベッドの下には大量の鎮痛剤が転がっていた。
治療魔法をかけた反動で骨が軋むような痛みが襲いかかり、動くことすらできない。そうなると分かっていても私は聖女であることを辞められない。
ダーウィン公爵家の娘?違うわ。
綺麗なドレスで身を飾ろうとも、美しい宝石に囲まれようとも、豪華な監獄に入れられようとも私は所詮、スラムの薄汚い子供。
貴族相手に、国相手に逃げ切れるわけがない。逃げ切ったとしても聖女である以上は隠れて暮らすしかない。もし聖女だとバレたら私はまたこの檻のような城に入れられてしまうだろう。
「っ」
手を伸ばして大量の薬を口の中に放り込む。魔力抑制剤だ。私は人よりも魔力が多い。普段はコントロールできているけど体調を崩したり治療魔法の反動で痛みに耐えている時はコントロールできずに暴走させてしまう可能性があるのだ。
「ちょっと、水こぼしてるじゃない」
キンキンと響く若い女の声に視線だけを向ける。
この邸で働くメイドか。
「仕事を増やさないでくれる」
ダンっと何かをテーブルの上に置く音がしたので見てみるとどうやら食事を運んでくれたようだ。
こってりスープにパン、サラダ。肉までついている。今の私に食べられるわけがない。
スラムの時には考えられなかったな。いつもお腹を空かせていたから食欲がないとかあり得なかった。
「ていうか、朝食に一切手をつけてないじゃない。あんた、何様よ」
「お前こそ何様だ」
「はぁ?」
目尻を吊り上げて怒るメイドは明らかに自分の方が立場が上だと言う態度だった。侍女にすらなれないな下級貴族の分際で。いや、だからか。底辺の人間は自分よりも底辺の人間を蔑むことで優越感を満たすのだ。
人間というのは醜悪で身勝手な生き物だ。
「子爵令嬢ですけど、何か言いましたか?スラムのお嬢さん。クスッ」
「あなたが侍女になれないのは身分のせいではないようね」
馬鹿だと遠回しに言ってやればメイドは簡単に挑発に乗ってきた。だからメイド止まりなのよ。こんな簡単に挑発に乗るような使用人はお客様に対して何を仕出かすか分からないから賓客をもてなすこともある公爵家の侍女にはまずなれない。
「自分の仕事をするだけの能力がないのなら出て行ってくれる?」
「偉そうに。スラム出身の卑しい身で、運よく公爵家の養女になれたからって図に乗らない方が良いわよ。あんたなんかすぐに追い出されるんだから」
「未来がどうであれ、現状は公爵家の養女よ。あなたを追い出す程度簡単にできる。試してみましょうか?」
「っ。言われなくても出て行ってやるわよ」
バンって思いっきり大きな音を立てて部屋を出ていくものだから頭に響いた。
「本当に追い出してくれれば良いのに」
誰が好き好んでこんな檻の中に入るかよ。
どうして私は聖女として産まれてしまったのだろう。どうして普通の子として生きられないのだろう。
こんなふうに自分を蔑む人間を自分の身を犠牲にしてまでどうして助けないといけないのよ。
「・・・・・・誰か、助けてよ」
誰でも良いからこんな場所から連れ出して欲しかった。でもそれは願ったところでどうしようもない。
助けは来ない。
助けてくれる人間もいない。
だから耐えるしかないのだ。
「大丈夫」そう自分に言い聞かせて。