19.用済み
それは突然起こった。
エーベルハルトは急遽、王命で一時的に私の護衛から外された。
魔物が出没した場所があるが今まで様子が違うため聖女を派遣する前に確認をしてほしいとのことだった。
卑しい雑種でも必要な聖女。何かあっては困るというのが王の言い分だった。
エーベルハルトの代わりに別の騎士が護衛として来た。その騎士は乱暴に私の腕を掴み、馬車の中に放り込んだ。
こういう扱いは久しぶりだったので対応に遅れてしまった。
どうやらエーベルハルトに随分と慣れてしまったようだ。あれがおかしいだけだ。本来の私の立場はこれが正しいのだ。
でも、なぜか言い知れぬ不安が胸の中にずっとあった。
嫌な予感というのは当たるものだ。
行先も告げずに走り出した馬車はどんどん王都から遠ざかっていく。
どこに連れて行かれるのだろう。かなりの速度で走っている馬車から飛び降りることはできない。
騎士の数も少なく、討伐に行く雰囲気ではない。
馬車はやがて森の中に入り、どんどん奥へと進んでいく。森は奥に行けば行くほど強力な魔物が住みついている。
「出ろ」
許可もなく馬車の扉が開いたかと思うと騎士は私の腕を掴み、私を無理やり引きずり出した。
「っ」
骨が軋むほどの力で腕を掴み、地面に叩きつけるように放り投げる。
幾ら私がスラム出身でもここまでされたことはなかった。これではまるで罪人のような扱いじゃないか。
「お前のような卑しい人間が聖女様に成りすました罪は重たい」
「は?何を言って」
「だが、慈悲深い王女がお前にも何か事情があったのだと。似たような年の娘が処刑されるのはしのびない。命だけは助けて欲しいと王に懇願したそうだ。そこでお前に下された罰は追放だ。この森から自力で出て、さっさと国外に行くことだ。間違っても王都に戻るなよ。王女様の慈悲をお前如き雑種が無駄にすることは許さない」
この男は何を言っているの?
それに魔物のいる森に武器も持たせずに放置することが王女の慈悲?
ふざけてる。
こんなの慈悲じゃない。
生きながらに魔物に食われることを王女は望んでいるんだ。ただ死ぬだけじゃない。苦しみながら死ねって言っていることでしょう。
「私が死ねば困るのはあなた達の方よ。聖女でなければ浄化はできな、っ」
「まだ自分が聖女だと思ってるのか?無様だな」
騎士は私の髪を鷲掴みにして顔を無理やり上げさせた。そして自分でちょうどいい位置高さまで持ってきた騎士は容赦なく私の顔を蹴り上げる。
「お前でなくとも聖女の力は扱える。聖女を語る愚か者に国民が騙されていることを憂いた王女殿下は誰でも聖女の力を使えるものを開発してくださったんだ」
つまり私は用済みということだ。
「せいぜい自分の愚かな行いを悔いながら死にな」
ああ、後悔ばかりさ。
こんな奴らの為に命がけで討伐についていたことも、痛みに耐え続けた日々も。
高笑いしながら去っていった騎士を睨みつけながらも何もできない自分が情けなくて仕方がない。
「・・・・・エーベルハルト」
帰ってきて私がいなかったらエーベルハルトは驚くだろう。心配させてしまう。きっと私のことを探すはずだ。
何とか戻らないといけない。
これは自惚でも何でもなく、純然たる事実として言うのだがエーベルハルトには私しかいない。私に何かあれば彼は何をするか分からない。
手遅れるになる前に戻らないといけないけど下手に戻っても国に捕まり、殺されるだけ。
重要なのはエーベルハルトに私の居場所と無事であることを伝えること。国に戻る必要はない。
森を出て直ぐにエーベルハルトに連絡をすればいい。
大丈夫、出られる。
武器はないけど、戦えないわけじゃない。
大丈夫。




