17.暗躍
side .エーベルハルト
ベッドの中で心地よい寝息を立てるリズの髪に触れる。
愛を乞うた俺にリズは愛を返してくれた。
「良かった」
もし、拒まれていたら俺はあなたを閉じ込めていた。
逃げられないように羽を手折り、鎖で縛って、檻に閉じ込めて、二人だけの世界で生きられるようにしていた。
あなたは知らない。
知らなくて良い。
俺のドロドロした醜くて汚い感情なんて。
俺はね、リズの視界に映ることすらも許されないほど汚い存在なんだ。
俺に愛されたことはあなたの不幸なのかもしれない。でも、そんなことには気付かせないから。世界一幸せだって思わせるから。そう、錯覚させるから。
だから、俺のことを拒まないでね。
「リズ、愛してる」
彼女の髪に口づけをして、ついで彼女の腕をとる。
長袖に隠れた真っ白で綺麗な彼女の腕の一部が変色していた。そこには数えきれないほどの注射の痕があった。
彼女が起きないように気をつけ、体を少しだけ起こして服をずらす。
二の腕や背中、服で隠れるところに集中的に傷跡がある。
本来なら傷跡だろうと注射の痕だろうと聖女である彼女なら治癒させることができるから痕が残ることはない。
けれど、彼女とて初めから思い通りに聖女の力が使えたわけではない。上手く扱えずに怪我を治癒させることができなかったのだろう。そして残った傷が痕として残ってしまった。
古傷や傷痕は治癒術をかけても治らないのだ。
彼女の体に残る傷痕は戦闘でできたものではない。故意に付けられた傷だ。
コントロールできない治癒術では戦闘には使えない。コントロールできるように訓練を受ける必要がある。
では、どうやって訓練するのか。
彼女の体に刻まれた傷痕が答えだ。
誰かは分からない。この国の誰かが嫌がる彼女を押さえつけて、彼女の体に傷をつけた。その傷を彼女自身に治癒させる。そういう訓練を彼女が治癒術をコントールできるようになるまで繰り返し行って来たのだろう。
「クズが」
早くリズを連れてこんな国を出て行きたい。でも、まだ準備が整っていない。
「もう少し、待っていてね。もう少しだけだから。君を傷つける者、君を汚そうとする者、全部俺が消してあげる。誰にも傷つけさせない。そのための準備をしているから。準備が整ったら二人だけの世界に行こう」
その為に、穢らわしい羽虫の相手もしないといけないのは億劫だな。
名残惜しいけど俺はリズの部屋を出て王宮に行った。
騎士としての仕事がまだ残っていたから。
***
「ンンッ!!」
「しーっ、騒いではダメですよ。今は夜なんだから。みんなが起きてしまうでしょう。ああ、でも」
俺は周囲を見てから怯えるジョン・クレイマン子爵に視線を戻す。
口はタオルを詰め込み、椅子に座らせる。どこにも行けないように縛り付けた状態で。彼は酷く怯えていた。
俺はそんな彼を見て微笑む。
「ここは地下だから、あなたがどんなに叫んでも、あなたの声は地上には届きませんね」
俺は怯える羽虫の顔に触れ、目元を撫でる。
「ここは最後にしましょうか?自分の身に何が起こっているのか最後まで見えた方が反省できるでしょう」
俺は次に肘掛けに縛り付けた彼の手を撫でるように触る。
この手はリズに触れた手。
俺の目の前でリズに触れた。リズを連れ去った手。
リズの手をとってダンスを始めた時は直ぐにでも切り落としてしまいたかった。それをよくここまで我慢できたものだ。
「この手でリズに触れて、この手で何をしようとしました?あの女に命じられていたのでしょう。聖女を傷物にしろと。クスッ。俺がそれを許すはずがないのに、そんなことも分からないからこんな目に合うんですよ」
リズに触れただけでも許し難いのに。
「ンンッ!!」
俺はまず腕を切り落とした。でも、そのままでは出血死してしまうから、それは困る。彼にはまだすることがあるから。だから血を止めるために傷口を焼いて塞いだ。
羽虫のタオルで塞いだ口からくぐもった悲鳴と飲み込めずに溢れた唾液が流れる。あまりの痛みと恐怖で白目を剥いて失神してしまった。
リズが普段から味わっている痛みに比べたら大したことがない。リズには聖女として常時、痛みに耐えることを求めるのにこの程度で音を上げるなんて。
「さっきから失神してばかりで先に進まないじゃないか」
早く終わらせてリズの元に帰りたいのに。
俺は何杯目になるか分からない水を羽虫にかけた。
「やっと目を覚ましましたか。ここはあなたの寝室ではないのだからしっかりと起きてもらわないと困ります。おや?」
目が覚めたかと思うと羽虫はガタガタと震え出して失禁してしまった。
「寝室ではないと言いましたが、あなたの排泄所でもないんですがね。躾のない方は困ります。まぁ、躾がなっていないから羽虫風情がリズに手を出せると馬鹿なことを思ったんでしょうね。マナーもなっていなければ教養もなっていないとは」
俺はタオルを取って羽虫の顎を掴んで口を開けさせる。見えた舌を引っ張り出した。
「次はその舌を切り取ってしまいましょう。そうすれば、もう二度と薄汚い言葉でリズを汚すこともできないでしょうから」
だからってすぐに切り取ったりはしない。
リズは長い間、聖女の力を使うことによって痛みに耐え続けている。同じように羽虫どもにも痛みに耐え続けてもらわなければ。
舌に針を突き刺す、一本、また一本と。
「舌にも神経が通ってるから痛いはずなんだけど、どれくらい痛い?針は、何本がいいかな?取り敢えず舌が見えなくなるぐらいでいいかな。ああ、後で喉も潰しておこうか。腕も後一本残ってるね。足も必要ないよね。君をどうしようかずっと考えているんです。殺そうか、生かそうか。君は王女殿下を慕っていましたね。ダルマにして、王女殿下にプレゼントするのもいいですね。私は基本的に殺してしまうのですが、たまには趣向を変えて生きながら死んでいく罰を与えてみましょうか。同じことばかりでは芸がないですし」
羽虫の舌に針を刺しながら色々と考えていると俺の思考をぶった切るような声が背後からした。
「いつまで俺を待たせる気だ」
不機嫌そうに壁に寄りかかっている赤い髪の男は俺の協力者。リエンブール王国王太子、ヴィトセルク・リエンブール。
「俺はお前のお遊びを見に来たわけではないんだが」
「私の都合を無視して来たのはそちらです。文句を言われても困ります」
リズの敵はこの国そのもの。国に対抗する為には同等ではダメ。それよりも強大な力を有する国をぶつけるのが一番だ。
カールマン王国はリズの価値も分からずに使い潰そうとする馬鹿ばかりだけど鉱山を多く所有している。リエンブールは魔物の侵攻や災害で甚大な被害を受けた。その補填の為にも大量の資産を必要としている。お金さえあれば復興は簡単に進むからな。
それにカールマン王国は自分の国を守るために魔物をリエンブールに誘導している証拠もある。この国は色々と非人道的な研究をしているのだ。
「俺が頼んだものは?」
まだ羽虫の処理は終わっていないが先にヴィトセルクの用事を済ませた方が良さそうだ。それに直ぐに処理せずにこうやって焦らして痛みと恐怖を味合わせるのも悪くない。
自分の行いを悔いるいい時間になるだろう。
「王宮内の見取り図です。隠し通路の地図はこちらに。そちらはどうなんですか?」
「準備は若干遅れてはいるが誤差の範囲内だ。問題ない。ことが終わればお前はウィシュナー伯爵だ」
それがリエンブールが俺に用意した場所だ。地位にも権力にも興味はないが、それでリズを守れるのなら有り難く受け取るだけだ。それにリエンブール側もこんなことに加担した俺を手元に置いて監視しておきたいのだろう。
俺は何をしでかすか分からないから。
「これがウィシュナー伯爵としての情報だ。本人は外国暮らしで社交界に一切出てこないから顔を知っている人間もいないし、その外国で流行病に罹って死んだそうだ。なりすましても問題はないだろう」
「そうですか」
用事はこれで終わったので俺は羽虫の処理にかかる。ヴィトセルクは肩をすくめて地下から出て行った。




