16.何を笑うかによって、その人の人柄がわかる
「あはは。あり得ない。俺みたいな相手が初恋?俺を好き?そんなのあり得ないよ。だって俺は汚いから。本当はリズの前に現れることも、こんなふうにリズに触れることも許されない。でも、俺はリズを放すこともできない。ごめんね」
ポタポタと私の顔に涙が落ちる。エーベルハルトが泣いていた。
「あり得ない。あり得ないよ、こんな俺を好きなんて。俺はね、生き残るためにどんな汚いこともした。復讐の為にたくさんの人の人生を狂わせて来たんだ。母が男と出て行ったのは本当だし、俺が本当に伯爵家の血を引いているか疑わしいのも本当」
「その理論で言うのなら汚いのはあなただけじゃない。私たちみたいな底辺の世界で生きている人間も生きるために多くの罪を犯す。体を売って生きるのは汚い?誰の子か分からないなんて、スラムでは珍しいことじゃない。そんな子供は生きる価値もない?それに貴族の人間だって綺麗だとは言い難いでしょ」
私はエーベルハルトの涙を拭う。
「聖女だから命を懸けろ、痛みに耐えろと強いる。聖女がいなければ浄化ができない。でも、スラム出身の聖女だから何を言っても、何をされても、侮辱も侮蔑も受けて当然。そんな考えの人間が綺麗だとは思わない。あんなふうに人を嘲笑う人間が綺麗なわけがない。みんな、汚い。綺麗な人間なんてどこにもいない。私もあなたも、王族も、貴族も、平民もみんな、俗物に塗れた汚い人間だ。みんな汚いのなら、みんな同じね」
「・・・・ああ」
「エーベルハルト、愛してる」
「私も愛しています、リズ。あなただけです」
それからエーベルハルトは私に会う前から今までのことを話してくれた。
初めて本当の彼に触れた。彼が一番辛い時に側にいれなかったことが悔しかった。でもこれからは一緒にいられる。それが嬉しかった。この後に起こる災厄を知りもせずに。エーベルハルトが嬉しそうに笑う裏で何を始めていたのか気づきもせず、様々な人の思惑など知りもせずに。この時、私が何かに気づいていたのなら何か変わっていたかもしれない。
刻々と運命の歯車は時を刻んでいった。
***
side .ファナーディア
「許さない。あの、薄汚いスラムの雑種風情が」
何もかも上手くいかない。
友達の令嬢にあの勘違いした雑種を躾けろと言っておいたのに、そいつらとはどういうわけか連絡がとれなくなった。何度も手紙を出した。使者まで送って、言い訳を聞いてやろうというぐらいの慈悲を見せてあげたのに彼女たちはどういうわけか領地に引きこもってしまった。
私のご機嫌を取ることしかできない能無しども。こういう時ぐらい役に立ちなさいよ。
「本当に使えない」
おかげで今日は恥をかいた。この私がお気に入りをスラムの雑種如きに奪われた。
欲しいと望んだものは全て手に入れて来た。王女である私の手に入らないものなんてない。だって私は特別だから。
なのに、なのに、なのに、なのにっ!
エーベルハルトはどうして私に靡かないの。私ではなくあの女の手を取った。あの女は王女である私に恥をかかせた。
たかが雑種を聖女なんて祭り上げるから勘違いをする。
自身は特別であると。
身の程知らずの馬鹿女。
あんな雑種のせいでお父様に怒られてしまった。
『全く、愚かなことをしてくれた。やるのなら上手くやりなさい。このような騒ぎを起こすなど言語道断』
そう言ってお父様から一ヶ月の謹慎処分を食らった。冗談じゃない。どうしてこの私が。
悪いのは向こうなのに。
王女である私の物に手を出そうとしたあの雑種が悪いのよ。
そうよ、エーベルハルトは私のものなのよ。
「王女殿下、よろしいでしょうか」
「何よっ!」
イライラを鎮めるために手当たり次第に物に当たり散らしていると取り巻きの一人であるケイシーが来た。
相変わらずのボサボサ頭。緑の髪と赤い目は珍しいし、顔もそこそこ整っているから取り巻きの末席に入れておいた。
でも、この男はいつも下を向いてるし、たまに上げる顔は陰鬱としていて見ているだけで気が滅入りそうになる。声も小さくてボソボソしているから好きじゃない。
普段は研究ばかりしている研究馬鹿。何の取り柄もないから取り巻きから外そうかとも思ったけど、使えそうな研究をしているから取り敢えず手元に置いている。
「あ、あの、これ。できました」
ケイシーが取り出した赤い石のネックレスを私は奪い取る勢いで手にした。
「これが、そう。やっと完成したのね。あはっ。あははは。これさえあれば」
「あ、あの、でも、副作用・・・・・」
ケイシーがまだ何か言っているようだけど私の耳には届かなかった。だって、それどころかじゃなかった。
だって、これであの勘違いした雑種を追い出される。というか、然るべき立場に戻せるのだ。
そしてエーベルハルトは私の物になる。
ああ、でもまずはちゃんと躾けないとね。主人に噛み付く犬は要らないもの。




