15.愛する人を狂わせた罪が私にはある
怖い。
あの後、誕生祭は続けられた。前代未聞の主役抜きの誕生祭だ。
私はパートナーであるエーベルハルトに別室に連れて行かれた。叩かれた頬の手当てをするために。
エーベルハルトは私を別室に連れて行く時も手当てをする時もずっと無言だ。いつも笑っている彼から笑顔が完全に消えている。
唯一発した言葉は、私の手当てを侍女が代わると言った時だ。
いつも、表面上は誰にでも優しい彼があろうことか侍女の手を払っただけではなく「触るな」と冷たく言い放ったのだ。
「えっと、あの、ありがとう、手当てしてくれて」
「いえ、元は俺のせいなので」
一人称が”俺”になってる。
怒ってるのかな。どうしようと考えている時にふと彼の手が視界に入った。
「あの、手袋は?」
パーティの時はしていた。王女とダンスを踊っている時も。でも、今はしていない。どうして?
「捨てました。穢らわしいものに触れてしまったので」
それって王女殿下のことじゃないよね。
「あの、男から俺のこと、何か聞きましたか?」
「・・・・・・聞いた」
「全部、本当だと言ったらあなたは私を軽蔑しますか?」
男娼、私生児。
あの暴力男はそう言ってエーベルハルトを嘲笑った。ずっとそう笑われ続けて来たのだろうか。私と初めて会った時も、私がいなくなってからも。彼は一人、耐え続けたのだろうか。
「軽蔑しても構わない」
黙っている私のことを肯定だと勘違いしたエーベルハルトが苦しそうに笑いながら私をソファーの上に押し倒してきた。
「初めからあなたを逃すつもりなんて、なかった。リズ」
「覚えて、いたの?」
「当たり前だ。ずっと探していた。あなたがいなくなったあの日から。ずっと」
エベルハルトはそう言って私を強く抱きしめる。まるでどこにも行けないように自分の両腕で閉じ込めるように。
「地獄の日々の中、あなたとの出会いだけが私に起きたただ一つの奇跡だった」
エベルハルトの手がガーゼで保護された私の頬に触れた。
「俺からあなたを奪う者を俺は許さない。何者であっても。リズ、どうしてあの男を挑発した?気づいているか、リズ。あなたは時折、自分のことを蔑ろにする。誰よりも生きることに必死になって、あなたを見下す貴族どもに殺されないように上手く泳ごうとしているのに、ふとした瞬間にあなたは自らを殺しにかかろうとする」
「・・・・・」
死ぬものかとよく思う。
こんな奴らのせいで死んでたまるかと思う。
でも、生き続けたところで聖女としての未来しか待っていない。
いつまで聖女として生きる?
死ぬまで?
そんな人生が虚しくて、時々何もかも投げ出したくなる。
「リズはまた俺の前からいなくなる気なの?そんなの許さないよ。逃げるのなら逃げられないようにするだけだ」
「っ。エーベルハルトっ!」
エーベルハルトは体を起こしたかと思ったら私の足を持ち上げた。おかげでスカートが捲れて、下着が見えそうだ。私は慌てて裾を抑える。
「逃げるのなら逃げられないように足の腱を切ってしまうだけだ」
恐ろしいことを甘い声音で囁いて、エーベルハルトは私の足にキスをする。
「ねぇ、どうすればあなたは私の側にいてくれるの?ここに私の子種を入れたらあなたは私の側にいてくれるのかな?」
エーベルハルトが私の下腹部を撫でる。
私には男女の経験はないけど彼が何を言っているのかを理解できないほど無知ではない。顔を真っ赤にする私を見てエーベルハルトは嬉しそうに笑う。
「ねぇ、子供、作ってみる?」
「私を縛る為だけに?」
「そうだよ」
どうして、そんな悲しいことを言うの?
今にも泣き出しそうな子供の顔をして、どうして自分を傷つけるの。まるで自分の存在そのものが許せないみたいに。
『彼は私生児という噂がある。彼の母親が男と逃げたんだ。だからもしかしたら彼も本当は伯爵家の血を引いていない可能性があるんだ』
『それに男娼のような真似事をして今の地位に就いたって話だ』
許せないの?
穢らわしいとエーベルハルトは言った。王女のことだろう。多分、エーベルハルトは女性を嫌悪している。それは普段の彼の態度を見て何となく察していた。
いつも笑っているから誰も気づいてはいないだろう。
だけど、本当に嫌悪しているのは自分自身なの?
「そんな子供、要らない。縛るための道具としての子供なんて欲しくない。エーベルハルト、私を縛るのなら鎖で十分よ。誰も知らない場所に私を囲えばいい。どこにも行けないように断崖絶壁に囲まれた城か、孤島にでも送って。それで十分なはずよ。あなたがそこまでしたとしても私はあなたを恐れたり、軽蔑したりはしない」
「なぜ?」
「愛しているから。愛している人に束縛されて喜ばない人なんていないわ。知らなかったでしょう。私の初恋ってあなたなのよ、エーベルハルト」




