一方的な開戦の狼煙
学校に到着してしまった。
はっきり言って、まったく嬉しくない。いつもなら例の彼を観察するのに一日を費やしていたが、今日ばかりは視界に入れただけで吐血しそうだ。もはや瀕死である。
「うえあっ! なぎちゃんがゾンビみたいな顔に!」
「ゾンビ言うなし……おうちにかえりたい」
「元気出して、元気でいればきっと今日も良い日になるよ! それになぎちゃんは笑った方がかわいい!」
そんな太陽のような笑みで諭されてしまっては、こちらも微笑を浮かべずにはいられない。彼女のおかげで、渚はネガティブな思考を振り払うことができる。
取りあえずは、目下の二つの悩み――気持ち的に秋山君と顔を合わせづらいことと、彼がひょっとすると推しのライバーかもしれないということ――は余所に置いておくことにした。考えてもどうしようもないことは考えない。できることだけをやる。これを意識するだけで大分生きることが楽になる。
「ふっ、確かにそうかもね。よぉーし、今日も元気にやってくぞー!」
「おー!」
吹っ切れたようにどしどしと校舎へ突撃していく渚。それは好機だったのか、間が悪かったのか、秋山君も学校に到着したところらしく、靴を履き替えていた。
しめた、と思った。
無表情で何を考えているのかは分からない。が、今の渚に恐れるものは何もない。彼女は小春の特殊能力によって思考にポジティブなバイアスがかかってしまっている。言うなれば、居眠り運転士の制御下にある暴走列車。危険が迫っても止まりやしない。
「やっほー秋山君、今日もいい天気だね!」
彼女が確認すべきであった事項は三つ。
まず、ぼっちに類される人間は基本的に目立つことを嫌うこと。大きな声で名前を呼ぶことなどもっての外である。
次に、いきなり詰め寄ると野良猫のように逃げて行ってしまい、帰ってこなくなるということ。彼らは繊細である故に、丁重に扱わなければならない。
そして、彼らは一対一の会話を好むということ。渚だけだったなら、昨日の談笑で多少なりとも警戒が緩んでいたかもしれないが、今回の場合、小春という友人を連れていたことが問題だった。
そうなるとだ。
「……おはようございます。それではまた」
バーチャルライバーが云々以前の地雷を踏みぬいてしまった渚から、幽霊のように距離を取って逃げて行ってしまう。だが、そんな地雷の存在など知りもしなかった渚からすれば度し難いことである。
ライヌも交換して仲良くなったと思っていた。一歩近づいたと思っていた。勇気を出して気持ちを曝け出そうとした渚の中に、裏切られたようなもやもやが渦巻くと同時に、沸々と怒りに近い感情が芽吹いた。
何も動じていないのかと。意識するほどもなかったのかと。私の覚悟は豆腐に鎹を打つように無駄になってしまったのかと。
「ふ、ふふふふふ……。良いわ、それなら私にも考えがある!」
「顔こわいよなぎちゃん……。というかさっきの人って誰?」
きっと意識させてみせると、渚はほくそ笑むのだった。
なんか短い。
でもいい感じに区切れるところがここだったんだよォ!