第九十八話
魔法学園アルブス。
魔法を学ぶ為のその学園は、多くの優秀な魔法師だけでなく魔法騎士も排出する学び舎だ。
貴族や平民も問わず、魔法適性があれば誰でも入学することが可能なこの学園は少年少女の憧れの場所でもある。
そして今日、この学園にアルバとルーチェが入学する。
このゲームの舞台である学園に二人が入学するということは、遂にゲームのストーリーが始まるということで………。
だが当の本人達は周囲が期待に満ちた目をする中、憂鬱そうな雰囲気を纏っていた。
「(早く終わらないかな)」
「(早く帰りたいな)」
それどころか待ちに待った入学式が執り行われる中、早く終われとさえ念じていた。
この学園に入学するに当たって、二人は兄の元へと行けずにいた。
二年だ。
兄が氷の中に閉じ込められてからもう二年も経つのだ。
時間が経つ度に兄が隣にいないことが当たり前になりそうで恐ろしかった。
兄の声や笑った顔を忘れそうで怖かった。
だから毎日の様に眠る兄の元へ足を運んでいたのだが、そんな兄が楽しみにしてくれていた学園に行くためにはある程度の用意が必要だった。
その為、兄の元へはこの十日間行けていなかった。
この入学式が終われば、やっと兄の元へと行ける。
真新しい学園の制服に身を包み、兄と同じ年になった己の姿を見せよう。
兄の事だからきっと笑って似合ってると言ってくれるだろう。
その声を聞けないのは辛いが……。
初めは兄が行くというこの学園を周囲の同年代と同じ様に憧れ、そして楽しみにしていた。
それは決して学園に憧れていたからでは無く、兄が歩んだ道を自分達も歩むことが出来るという想いが強くあったからだ。
兄は憧れの対象だった。
誰にでも優しく、別け隔てなく接するその姿に自分達もそうなりたいと思った。
努力を怠らず、例え成功したとしても何度でも繰り返し挑戦することの出来る兄を尊敬している。
だからこの学園に入学して、兄の軌跡を辿りたかった。
………………それも、兄が眠ってしまった今では意味がないけれど。
「(見てほしかったな)」
「(一緒にここで学びたかったなぁ)」
本当に、そうあってほしかった。
「一丸となって」とか「共に学び」等という言葉が投げかけられるが、二人の耳にはそれすらも騒音の一部でしか無かった。
最早二人の頭の中には、早くこの式を終えて兄の元へ行きたいという想いだけだった。
「あ、アルバ……」
「姉様……」
やっと式が終わっても、二人の姿は学の中庭にあった。
父であるラウルもこの式に参加しており、ここで会う約束をしていたらしい古くからの友人がいるらしく待ってるようい言われたからだ。
誰もが笑顔で帰路につく中で、二人だけが悲しげな表情を浮かべていた。
「………今日は何のお菓子がいいかしらね」
「あのイチゴのジャムの入ったクッキーが食べたいな」
「あ、俺も食べたいな」
「それじゃあ、今日はそのクッキーを焼いて………え?」
アルバと話していた時に、入ってきた声にルーチェは思わずそのまま答え……そして言葉を失い声の方へと信じられないといった面持ちでゆっくりと振り返った。
そしてそれはアルバも同じ。
当たり前の様に会話に溶け込むその声に聞き覚えがあったからだ。
そてしこの二年間、聴きたいと常に想い願ってやまない声でもあったから。
嘘だ。何で。どうして。
「ただいま」
あぁ、あぁあぁあぁッ……これが夢ならどうか覚めないでくれ!!
求めて止まなかった最愛の兄が、あの優しげな笑みを浮かべて立っている!
長く閉じられていた瞼を開き、あの太陽のような橙色の瞳に自分達を写している!!
「お、にぃ………?」
「にい、さ?」
「うん。ここにいるよ。
起きるのが遅くなってゴメンな?
………二人とも、入学おめでとう」
震える唇で紡いだ言葉に兄は笑った。
伸ばした手を自らに引き寄せるように取られ、あの氷の冷たさではない兄本来の温かさが返ってくる。
いる。
兄はここに、ちゃんといるのだ。
それでも体は動かなくて、これ以上動けば兄はまたあの氷の中に囚われるんじゃないかという恐怖がジワジワと足に纏わり付いてくる。
「アルバ、花を育ててたんだって?後で見せてくれ。
その制服、よく似合ってる」
だが、そんな不安も恐怖も兄の手にかかれば意図も簡単に消えてしまった。
「ルーチェ、クッキー作るのがまた上手くなったんだって?俺も今度食べたいな。
………ほら、泣かないで。ルーチェもその制服似合ってるよ」
「誰のッせいだと………!!」
「俺のせいだなぁ」
抱き締められた腕から温かさが全身を包み込む。
胸元に耳を当てれば、兄の心臓がドクドクと波打つ音が聴こえてくる。
「おかえりなさい、兄様」
「おかえりなさい、お兄様」
「……ただいま。アルバ!ルーチェ!」
もう離さない。
もうあんな思いはしたくない。この人が自分を犠牲にすることがないように強くなろう。
頼ってもらえるように。
力になれるように。
そんな想いを胸に、アルバとルーチェはルイーナを力一杯に抱き締め返した。
それは父であるラウルが呼びに来るまで続いたのだった。




