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第九十七話

一瞬の静寂の後に、今度は最初に聴こえてきた子供の声でも先まで聴こえていた男の声でもない、年若い男の声が聴こえてきた。

『____様〜、まだ起きないんですか?』

『………離して下さい。急にここまで引っ張ってきて、一体何なんですか』

『何時までもキミが引き籠もって無ければ、俺だって引きずってまで連れて来なかったよ』

『放っておいて下さいよ。貴方には関係ないでしょう』

 今度はどうやら一人ではなく二人?いるようだった。

だが聴こえてくる彼らの声は何処か強張っている様な、何かを必死に隠しているような感覚がするのは気のせいだろうか。

喧嘩でもしているのか?だが初めに聴こえてきた声の男と彼の言葉をピシャリと叩き落とした男の声は似ているようで違う。

声は勿論似ていないが、片方は言い方は強いが言葉の節々に心配の音が混じっている。

もう片方の男は言い争うような男と同じ様に言い方が強い。そこは似ているが、彼の言葉には覇気が無かった。

それを気付かれない様に隠し通すように、ただ言葉を強くしてカモフラージュしようとしている様に思える。

あぁだけど、このままいくとヒートアップしていって取り返しが付かなくなりそうで怖い。

今の俺には仲裁するために割って入る身体も彼らに声を届けることも出来ない。

『まぁまぁ、落ち着いて下さいよ二人共。____様の前ですよ?』

 だがどうやらその心配は杞憂だったようだ。

彼ら二人の他にもう一人いたらしい人物が仲裁に入ってくれた。

良かった。彼がいればきっと悪い方へはいかないだろう。

『………____は貴方の事が心配だったんです。

あの時、____様の近くにいた貴方が自分を責めてるんじゃないかって』

 だが続いたその言葉に息を詰めた。

その言葉を咎めるように名を叫んだようだが

そのノイズが気にならないほどの衝撃がガンガンと頭を殴りつける。

『私は、ここに来るべきでは無いでしょう。

ルイーナ様がこうなってしまったのは、私のせいであることは変わらないのですから』

『………ほらな、やっぱりなってた』

 俺は馬鹿だ。自分がしたことのせいで悲しむ人がいるのを考慮できていなかった。

確かにアレは俺のエゴだ。だが俺は後悔をしていない。

その言葉を聴くまでは………。

考えていなかったわけではない。だがそれ以上に俺の身体は動いていて後の事は時間が解決してくれるだろうと、勝手に思っていたのだ。

俺は最低だ。

泣かせてどうする?!

悲しませてどうするんだ苦しめてどうするんだッ!!

俺は皆を護りたいかった。

だからあの場で最善を選んだ、選んだはずだった。

だけど、それを最善だと思っていたのは俺だけだったんだ。

満足するのは俺だけで………。

『あのな、言っておくが____様がこうなったのはお前のせいじゃないからな。

………これはあの人が望んだことだ』

そう、俺が望んだことなんだ。

結局のところ俺は、自分を優先したんだ。

あの子の、皆のためだと都合のいい理由を付けて。

最低で最悪な事をしてしまったんだ。

『これをですか?誰よりも家族を愛している____様が、その家族を悲しませることを望んだと?!』

『そうだ』

『何を根拠にッ………!!』

 悲しませると分かっても、分かっていても俺は止まらなかった。止められなかった。

人は忘れるものだから。

前の両親に忘れられた時、俺はその程度でしか無かったんだと思ったんだ。

どうせ忘れるなら、忘れられるのならと思ったんだ。

時間は人の記憶を奪うから、俺の事なんか忘れて笑って過ごせるだろうと決めつけてしまった。

…………あの子達は泣いていたじゃないか。

自分達は忘れないからと言ってくれたじゃないか。

何で忘れてたんだ、何で忘れたんだ。

これは逃げだ。俺は過去からも今からも逃げたんだ。

もっと上手くやればよかったんだ………。

ノイズが走る。聴かなくちゃいけないのに、ちゃんと聴いていなくちゃいけないのに………。

叫ぶような、吠えるような声を最後にノイズに呑み込まれ何も聴こえない静寂が辺りを包み込んだ。

『うーん、ここから先も聴いてほしかったんだけど………流石にこれ以上は許してくれないか。

思い出した?』

「あぁ、思い出したよ……ちゃんと、全部思い出した」

支えてくれていた手が離れる。

一歩前に踏み出し、振り返って彼を見た。

「君は、この世界の本当のルイーナ・ファウストだよな」

『そうだとも言えるし、そうじゃないとも言えるね。

だってキミもルイーナ・ファウストだろう?

ほんの少し他とは違う記憶があるだけで』

 思い出した今なら分かる。

聴こえてきて声が誰のであるのかも、背後にいた彼が誰なのかも。

『ここは生と死の狭間。止まった時の中だからこそ、僕はキミと話せてる』

「生きてるのか」

『そうだよ。分かってるでしょう?

少し眠ってるだけだって』

「見てたのか」

『キミは僕で僕はキミだ。

キミが見たものを僕はここで見てたんだ』

「………俺を、恨んで無いのか?

俺はキミの身体を使って」

『恨んでない。寧ろ感謝してるくらいだよ。

………だってキミは僕が出来なかったことを、願っていたことをしてくれているから』

「願った?」

 目の前の同じ顔同じ声の彼は、ルイーナは悲しげに微笑んで語りだした。

ゲームでは語られない彼自身の本音を。

『弟と妹に、僕は何もしてやれなかった。

何も知らない僕じゃ、今のように家族を笑顔にすることも助けることも支えることすらも出来なかった。

でも今はキミがいる。

勝手な話だけれど、キミを通して見る世界が僕は好きなんだ』

 悲しげな表情は未だ晴れないが、目の前のルイーナは笑っていた。

『だから知ってほしかったんだ。

キミが家族や友人を大切に想うように、キミもそう想われてるんだって』

「ここに呼んだのは……」

『僕じゃないよ。呼んだのは彼ら。

でも、キミはまだそっちに逝っちゃいけないから』

 言うな否や暗闇の中から、暗闇よりも色濃い漆黒がぐるりと辺りを取り囲むように現れた。

そして伸ばされる漆黒の手に、恐怖は感じなかった。

目の前まで伸ばされた手は、後数センチで届くといった所でその動きを止めた。

「ありがとう、皆」

淡く赤色に光る鳥と、同じく淡い黄金色に光る鳥。

そしてその二匹の他にも乳白色の鳥や白銀の二匹、そして烏羽色の鳥がこちらを護るように周囲を飛び交っている。

「アルバ、ルーチェ、父様、ジュラルド、ロベルト、セルペンテ。

やっと呼べた」

『正解。思い出せたのなら、キミはちゃんと帰れるよ』

飛び交う鳥達を恐れるように伸ばしていた手が引いていく。

『これからキミは様々な選択を迫られる。

今以上に苦しく困難な道が続くだろう。

それでも、進むの?』

「道があるなら進めるさ。

それに、俺はもう独りじゃないから」

『そうだね。キミには皆がいる』

「それにルイーナもいる。キミが見ていてくれるなら、俺は俺でいられる」

『………優しいね』

 互いに手を取り合い、コツリと額を合わせる。

「全ての選択は過程に過ぎない。生きている限り先は続いていく」

『人はずっと自身の行く末を選ばなければならない』

「選ぶ。進み続けることを」

『選んだ。見守り続けることを』

 開いた橙色の目と目が合う。似ているけれど似ていない瞳にどちらがともなく笑みを零す。

『見てるよ。あの子達をよろしくね』

「見ていてくれ。全力を尽くすことを誓うよ」

ルイーナから手を離すと、肩に赤色の鳥が止まり行く先を示す。

『行って。何時目覚めるか分からない人を待つのは辛いから。

早く起きてあげないと』

「………うん。またなルイーナ」

 赤い鳥に促されるまま歩を進めれば、段々と視界が白く染まっていく。

そして完全に体が光に呑み込まれる前、背後を振り返らず叫んだ。

「俺の名前、東って言うんだ。

白影が名字で東が名前」

『あはは………、うん。じゃあね、あずま』

 背後から響く笑い声を最後に、全てが光に呑み込まれた。

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