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第九十五話

『お兄様、まだ眠ってるんですか?早く起きないとクッキーが美味しくなくなってしまいますよ?』

 少女の声だった。

幼さの残る声に理知的な雰囲気の感じられた。

『今日はお母さまと一緒に焼いたんですよ?最近はクッキーの形にもこだわってて、今回はアーモンドを抱えたクマを作ってみたんです!』

 楽しげな声だった。………だけれど何処か淋しげな、無理をしてその声を出しているようにも感じるのは何故だろうか。

『今日も小さな子供達からお手紙を貰いましたよ。お兄様はあの子達の英雄様だそうです。

フフッ、人気者ですね』

英雄か………、俺も物語の主人公になりたいと思った事がある。

勇者のように悪を倒して沢山の人を笑顔にしたいと願ったこともあった気がする。

でも、本当に護りたかった人達も護れす、剰え忘れてしまった俺には一生なれはしないだろう。

『目が覚めたら、その子達に一緒に会いに行きましょうね』

 俺は君達に会いたいよ。声だけじゃ、何も分からないんだ。

姿が見たい。思い出したい。

君達に会って謝りたい。

そして、ありがとうと伝えたいんだ。

『どうして、どうしてお兄様は独りで行ってしまうのですか………。そんなに私達は、私は頼りないですか………?』

 違う、頼りなくなんて無い。

俺がただ見せたくなくて、巻き込みたくなかったんだ。

嫌な思いをしてほしくないという俺の我儘で傲慢なエゴ。

ただ俺がそうしたいと思って、遠ざけていたんだ。

子供は無条件に愛され護られていい存在なんだ。

俺は君達が大切で愛しくて、笑っていてほしかっただけなんだ。

『お兄様はいつだって私達を護ってくれました。愛してくれました。

私達もお兄様を護りたいのに、お兄様が皆を大切に思ってくれているように私達もお兄様が大切なのに……どうして自分の事は大切にしてくれないんですか………』

 泣かないで。今の俺には涙を拭ってやることも抱き締めてやることも、慰めてやることも出来ないんだ。

声を掛けることすら出来ない自身が情けない。

泣いている子供一人慰めてやれない奴が物語の主人公に、勇者や英雄に憧れるなど何と浅はかで烏滸がましいのだろう。

物語で語られる者達は皆、護るべき者を護り多くを救える力を持った者達だ。

自身よりも強大な敵に立ち向かい、決して折れず輝きを失うことのない、何処までも真っ直ぐな剣の様な意思と心を持った者達だ。

 それは、俺にはどう足掻いても届くことのないものだ。

自らの情けなさや弱さを再認識していると、不意に何かの温もりが感じられたような気がした。

一瞬背後の人物のものかと思ったが、そも背後の彼からは体温らしい温もりは初めから感じなかった。

ジワジワと広がっていくその温かさは、不思議と嫌なものでは無かった。

『ごめんなさい。こんな事、言う資格なんてないですよね………』

 温もりが離れていく。

それに寂しさを感じる自分がいることにも驚きだが、それよりも聴こえてきた少女の言葉に目を見開いた。

何故キミが謝るのかと。

謝るべきは己なのに何故、と。

『強くなります。

今度は私が護れる様に』

 そして次に響いた言葉に、この声の少女の強さが見えた気がした。

強くなるという言葉は誰もが言える。

だがその言葉は意思がなければ誰の心にも響かず、己の目標にもなりはしない。

強くなるという事は簡単ではない。

努力や才能だけでは、強さは得られない。

何度も失敗して、何度も挫折を味わうだろう。

それを知っても尚立ち上がり、何度でも進んで初めてスタートラインに立てるのだ。

俺も強くなりたいと願い何だってしてきた。

そして結果的に俺は今何もかも忘れてここにいる。

ここで、全てを諦めようとしていた。

 だがこの少女の声には燃え盛る炎のような覚悟があった。

消えることを知らないかの様に高く上へ上へと燃え上がる炎。

あぁその言葉はでまかせでもなんでもない。この少女の本心なのだと分からされたようだった。

『………強い子だね、あの子。

それにあの子もそうだけど、やっぱり二人共優しいね。

キミが寂しくないように、迷わず戻れるように明かりを灯してくれた』

「明かり………?」

 背後の人物、彼の言葉に顔をあげ暗闇の中を見渡せば、小さな明かりらしきものが二つ見えた。

その明かりは段々と、こちらへと近付く事にハッキリとその形を露わにしていく。

「鳥?」

 近付いてきたのは淡く赤色に光る鳥と、同じく淡い黄金色に光る鳥だった。

すぐ目の前まで来た鳥達は、この何もない闇の中で小気味よい鳴き声を出しながら俺と彼の周りをクルクルと楽しげに回っている。

『ンフフ、可愛らしいね。

…………さぁ、今度はあの人の声を聴こうか』

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