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第八十八話

 カツン、と木漏れ日が差し込む部屋に靴音が響く。

ファウスト家の裏手に造られた温室。そこには普段誰の出入りもされない閉ざされた部屋があった。

鳥の鳴き声や木々の葉が風に揺れ音を奏でるのが僅かに聞こえてくるその部屋に一歩足を踏み入れれば、ひんやりとした空気が身体を覆う。

 この国を襲った悲劇は、国を焦がす炎も醜悪なモンスターもその全てが氷漬けとなり跡形もなく砕け散った事で幕を閉じた。

間者を国内に入れた貴族も無事に捕まえる事が出来た。

国の復旧作業も無事に終わり、人々の顔には笑顔が咲き日常が戻ってきた。

 ただ一人、氷漬けとなった今回の功労者とも言えるルイーナ・ファウストを除いて。

国を襲う全てを氷漬けとし救ったのがルイーナの捨て身とも言える行動によるものである事を知っている者は少ない。

ルイーナが氷漬けとなった事を知るのは極僅かで、現在はファウスト家を襲ったモンスターと戦った際に追った怪我を癒すため、長期療養中であるという事になっている。

 分厚い氷にその身体を覆われたルイーナをファウスト家まで運んだのは、ジュラルドとロベルトそしてセルペンテと精鋭達だった。

目の前で兄が氷に呑まれ逝く様を見ていたアルバは、その場で何度も何度もルイーナを覆う氷を叩き兄の名を呼んでいた。

その握り締め叩きつける拳から血が流れようと、周囲に溢れる冷気を吸い痛みを訴える喉を無視して叫び続けていた。

兄を呼ぶ声は息が詰まるほど悲しみと痛みに溢れていた。

そしてその声に引き寄せられたのか、何か感じるものがあったのかは定かでは無いが避難先であった決してここから近いわけでもない教会から息を弾ませ走り寄ってきたのは、アルバの姉でルイーナの妹であるルーチェだった。

 彼女は今回の件で神の愛娘である事が露見してしまった。

皆が戦う中で彼女自身も必死に戦っていたのだから仕方がない事と言えようが、今は良くても事が落ち着けば彼女自身にも更なる危険が迫ってくるだろう。

彼女を護衛していたノックスも、氷に閉じ込められたルイーナの姿に驚きそして悔し気な表情で彼が何を行った事の一端を悟った。

ノックス自身も、目の前で何処からともなく現れた氷がモンスターを飲み込み物言わぬ氷像と化したのを目の当たりにしたのだ。

そして自身も部下達もこの時期に振るはずのない雪に傷を癒され、迫りくる炎からも救われたのだ。

「兄さん!!兄さっ、嫌だ……いやだよ!!

もう何処にもいかないってッ、ずっと一緒にいるって約束したじゃんか!!

また僕との約束を破るの?!!

…………嫌いだ、兄さんなんて。大嫌いだよ…。

全部勝手に決めて、僕らの為だって自分を犠牲にする兄さんなんて………!」

 引き離されてもそう叫び続け涙を流すアルバ。

彼の手がこれ以上傷つかないよう、セルペンテがアルバの身体を抱き込んだ。

それでもアルバはルイーナの元へと向かおうと抵抗していたが、暫くの攻防の末に回されたセルペンテの腕に縋りつくようにして嗚咽を零し俯いた。

「お兄ちゃ………?

なんで、どうしてそんな所にいるの?か、風邪ひいちゃうよ……。

ねぇ早く家に帰ろう?」

 信じたくないと、今自身の目に映るソレはきっと何かの間違いなのだと言うようにルーチェは氷に閉じ込められたルイーナに半ば呆然と声を掛けた。

帰ろうと、あの暖かな場所に戻ろうと声を掛け続けた。

「答えてよ、何で何も言ってくれないの…………?」

両手で顔を覆い泣き出したルーチェ。

何時もならすぐに聞こえてくる優しく穏やかな声は聞こえない。

彼女を抱きしめてくれる兄のぬくもりは、冷たい氷の中に閉じ込められてしまった。

ジュラルドはロベルトと共に、ただ静かにルイーナを見ていた。

この現実から目を逸らすことは許されないと、これは彼を護れなかった自分達が招いたことでもあるのだと言うように。

「無駄だったのかなぁ」

「何がですか」

「そもそも忠誠の儀式なんてあやふやなモノに意味なんてなかったのかもしれない」

 忠誠の儀式は互いの魔力を注ぎ込む事で様々な効果を発揮するが、その中に相手の危険を察知するものがあった。

だが、あの時成功した筈の儀式で得たそれは今回彼らにその効果を発揮しなかった。

今も薄っすらとしかルイーナを感じ取る事しかできないそれにジュラルドは重い息を吐いた。

「俺は(カング)にはなれなかった」

「それなら、私もルイーナ様を留める(カテーナ)にはなれませんでした」

 陰として動く際に付けた名前は彼らの願いそのものだった。

ジュラルドは生き急ぐルイーナをこの場所に繋ぎ止める為の枷になりたかった。

ロベルトは護るべき者の為に何処までも走って逝くルイーナを引き留める為の鎖になりたかった。

自分達の存在が彼の枷となり鎖となれば、彼は生き急ぐ事なくあの穏やかな陽だまりの様な笑顔でいてくれると思っていた。

 だが現実はどうだ。

自分達は真の意味で彼を、ルイーナ・ファウストという男を見誤っていたのだ。

護るべきものがあるからこそ彼は常に高みを目指し努力していた。

護るべき者達がいるからこそ、どんな困難にも立ち向かってきた。

だが同時に、彼は護る事に対して狂気的なまでに執着していたのだ。

護るものがあるから己の傷を顧みず戦っていた。

護る者達がいるからこそ、彼は自身の痛みも恐怖も何もかも表には出さず押さえつけていた。

その護るべきものに、彼は自分を出せずにいたのだと気付いたのは、彼が手の届かない場所にいってしまった後だった。


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