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第八十七話

 セルペンテが違和感に気付き、駆けつけるまでのほんの数分前にソレは起きた。

 ルイーナは魔石を媒体に吸い出したアルバを蝕む魔力を自身の中に流し入れ、荒れ狂う魔力を抑え込みとある魔法を行使すべく練り上げていた。

額から滝のように流れ出る汗。

痺れが電流の様に体を這いずり、手足が震え力が入り難い。

だがそれでも、ルイーナはそれを止めようとはしなかった。

『グゥゥゥウ”ウ”………』

 吸われ続ける魔力。

同意もなく無理やり魔力を吸われ続けるその感覚は決して良いものではない。

現に魔力を吸われているアルバも、その場から離れようと藻掻いているがルイーナに阻まれ不快だと先よりも太く重い唸り声を上げ彼を睨み付けている。

アルバが藻掻く度にルイーナの身体は悲鳴を上げ、足元には小さくも確かな朱い華が咲き乱れ、まるで小さな池のようにさえなっている。

「アルバ、アルバ………戻っておいで」

 親が子に語りかけるような、愛しさを含んだ声がその言葉を発すると同時にルイーナが編み上げていた魔法が展開された。

今の時期には振らない筈の雪が、灰色の分厚い雲からハラハラと地上へと舞い落ちる。

初めは地面に付けばすぐに溶け込んで逝く雪だったが、あっという間に雪は地面を覆い隠し白く染め上げた。

「それはお前には似合わないよ。

アルバにはもっと明るい場所のほうが合ってる」

 自身の身体に降り積もる雪やルイーナの拘束から離れようと藻掻いているアルバの瞳を覗き込み語りかけるルイーナ。

次第に抵抗の薄れていったアルバの瞳に僅かに光が灯る。

光の灯りつつあるアルバの瞳にルイーナは自身の魔法によって痛みを伴う身体を動かし、アルバの拘束を解いた。

「大丈夫………、アルバは何も悪くないんだから。

これは俺が初めたこと、俺がお前を巻き込んだんだ。

______だから、泣かないでくれ」

 一筋、二筋と透明の滴を流す弟の身体を抱き寄せる。

冷たくなった身体を、震える身体をそっとかき抱く。

だらりと力なく垂れ下がっていたアルバの両腕がピクリと動き、自身の身体を抱き締めるルイーナの背に回される直前、ルイーナはアルバの体を押し拒んだ。

 魔力の殆どを抜かれたアルバの体は今までにないほどに重怠くなっていた。

そのせいで、普段であれば何とも無い力で押されただけで彼の体は意図も容易くルイーナから話された。

「にぃさ…………」

 光の戻った、アルバとしての意識が戻った瞬間に見るのが兄のこんな姿だなんて、勝手ながら酷なことをしてしまったなと、ルイーナは見開かれた弟の目を見て思った。

 パキリ、パキリと自身の身体から聴こえてくる音に芯まで凍るとはこんな感覚なのだなと、何処か他人事めいた言葉が浮かんできた。

遅い来る冷気と、炎とはまた違った熱さで肌を突き刺し這い上がってくる氷の塊に本能的に逃げ出しそうになるが、すでに足は氷に覆われ身動きすら取れない。

 アルバに注ぎ込まれた魔力は膨大で、そのまま外部に出せば周囲にも悪影響を及ぼすものだった。

このまま魔石が破壊されてしまえば、吸われた魔力は行き場をなくし周囲に流れ出る。

そのせいで何かしらの被害が出れば、例え敵に使われたのだとしても心優しいアルバは気に病んでしまう事は火を見るよりも明らかだ。

 だからこそ、ルイーナは吸い出した魔力を自身へと流し、人々に悪影響を及ぼすのではなく癒やすためのものへと変えようとした。

結果としてルイーナの思惑は成功した。

この国全てを覆う分厚い雲から舞い落ちる雪は、人々の傷を癒やす効果を齎した。

魔獣や怪物といった魔を払う効果まで付与されているのは想定外だったが、無いに越したことはないだろう。

「なんで……」

 フラフラと力なくその場に座り込んだアルバに、ルイーナは申し訳無さそうな、情けない笑みを浮かべた。

「にいさ、ん……俺の、僕のせい、で……」

「それは違う。

これは俺が招いた事で、お前は何も関係ないよ」

「でもッ!!」

 ルイーナもこんな事態は想定していなかった。

だが魔力を練り上げている際に感じた、第三者の介入によって事態は招かれた。

その第三者は近くにいるようで遠くにいるような……不思議な感覚だった。

何処か懐かしく感じたその第三者は、ルイーナの魔法を手助けすると同時に彼を自身の元へ呼ぶかのように誘うのだ。

こちらへ来れば助けてやると言わんばかりの誘い文句にルイーナは乗った。

その誘いに乗れば、この身一つで全てとはいかないが上手くいく事を悟ったからでもあった。

自分自身の魔力さえ魔法石が無ければ上手く制御することもままならない自分に出来る最善を選択した結果が今の状況を創り出したのだ。

国を覆い癒やしを齎し魔を祓う雪を降らしても、未だ底をつかない魔力。

何時しかソレは渦を巻き、ルイーナの周囲を冷気で囲い彼の足元から凍り付かせていった。

「……い、じょ……ぶ………」

こちらを見上げるアルバ。

自身が氷漬けとなっても、ルイーナは彼が闇から開放され光のある場所へと戻ってきた事に良かったと息を吐いた。

「だい、じょうぶ、だからな………」

「う、そだ……」

「すこし、だけ………ねむるだけ、だから…………」

嘘だと何度も呟いては涙を零すアルバに、ルイーナは笑った。

感覚の無くなりつつある、霜の貼った顔を動かし笑ってみせた。

いつものように。

安心させるように、微笑んだ。

 段々と這い上がってくる氷はルイーナの身体の殆どを覆い、そこから漏れ出して冷気は周囲で燃え盛っていた炎を跡形もなく消し去っていった。

他の場所でも空から舞い落ちる雪が荒れ狂う炎を沈下させている。

「だいじょうぶ、だから……ほら、泣くなって。

お、れは……アルバの笑った顔、が、すきなんだ…から…」

 ルイーナの言葉に、アルバは涙に濡れたぐしゃぐしゃの顔でアルバは笑った。

お世辞にも綺麗とは言えないが、それでもルイーナにはとっては満足だった。

その顔を見れただけで、先の苦しみ闇に墜ちたアルバを知っているだけに良かったと心の底から安堵できた。

 何処からかセルペンテの声が聴こえてきたような気がしたが、今のルイーナには彼を探すことも出来ない。

口元までを覆った分厚い氷。

そして最後に残ったのは右目だけだった。

もう声も聴こえない。

何も離せない。

自身の時が止まりゆく感覚を肌で感じながら、ルイーナは狭まってゆく視界の中、最後まで弟の姿を目に焼き付けた。


___そして、ルイーナの身体は氷塊の中に閉じ込められたのだった。


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