第八十六話
セルペンテがペーゾと少女を足止めしてくれてる間、ルイーナは深淵と言い表せられるような一切の光の灯らない瞳を向けるアルバと対峙していた。
「アルバ」
弟の名前を呼ぶルイーナへと容赦なく繰り出される攻撃を、ルイーナは避けること無く自身の手に持つ短剣で時に弾き時に切り裂いて、ただまっすぐにアルバの元へと近付いていく。
「お前を護るって言ったのに、護ってやれなくてごめん」
アルバの放った火球がルイーナの髪を焦がす。
「苦しい思いをさせてごめん」
炎を纏った斬撃がルイーナの肌を焼く。
息を吸う度に喉に突き刺さるような痛みが走る。
「こんない何もしてやれない、不甲斐ない兄でごめん」
燃え盛る炎の中、自身の体が炎に焼かれどれだけ悲鳴をあげようともルイーナはその足を止めることは無かった。
「ごめんな、アルバ」
手を伸ばせば今度こそ届く距離。
アルバの目の前まで歩み寄ったルイーナは、先は届くことのなかった手を再度アルバへと伸ばした。
『ウ”ゥ”ア”ァァァ…………!!!』
ルイーナの手から彼が手に持っていたミスリルの短剣が音を立てて落ちると同時に、二人の足元にポタポタと朱が落ちた。
「今、楽にしてやるから」
自身の腹部に炎で形成された槍を突き刺し唸るアルバの手に、ルイーナは己の手を添えた。
腹部を刳り激しい痛みと共に熱を齎すそれを受け入れルイーナは穏やかに微笑んだ。
アルバやルーチェ、今世の家族が好きだと言ってくれた笑みを。
「これ、壊してごめんな。ルーチェにも、何時になるかわからないけど謝らないとな」
アルバの手に添えられたルイーナの手には、ブレスレットに付いていた緑色の魔石が伏せられていた。
「ごめんな」
ルイーナがそう言葉を溢した瞬間、その魔石がアルバの魔力、正確には元ルイーナの魔力を吸い込み始めた。
今までルイーナの魔力だけを吸い込み、その魔力を覚えた魔石を使えばその注ぎ込まれた魔力を抜き出せるのではとルイーナは考えたのだ。
勝算があるわけではない。
ただ救わなければならないと言う思いだけが今のルイーナを突き動かしていた。
だがそう上手くはいかないのが現実と言うもので。
魔力を吸い出す為に使っていた魔石が嫌な音を立て、僅かにヒビが入っている。
それは段々と大きくなり、遂には魔石から小さな欠片が零れ落ちた。
「(もう少し、もう少しだけ耐えてくれ)」
元よりルイーナの莫大とも言える魔力を吸い続けていたのだ。
今溜め込んでいるものだけでも相当な量を溜め込んでいるというのに、これ以上はその容量を超える事は目に見えて明らか。
「(それなら………)」
有ろうことか、ルイーナは魔石が吸い込んだ魔力を自身に流し始めた。
自身の中に流れ荒れ狂う魔力を押し留め、揺れる視界の中で暴れるアルバを押し留めある魔法を展開する。
今も戦火のごとく燃え盛る周囲を、この国の惨状をこれ以上広めないように。
アルバが戻った時に自身を責めることのないように。
「これは……?」
ルイーナがある魔法を展開する中、空気が変わった事に誰よりも早く気付いたのはセルペンテだった。
周囲を炎のリンクで囲ったその場所では感じることのない冷気が頬を撫でる。
「雪?
いや違う。ただの雪じゃ、ない……?」
この時期に降るはずのない雪が振ってきた。
だがその雪はただの雪ではなかった。
触れた箇所からルイーナの魔力がフワリとまるで体を包み込むように広がり傷を癒やしていく。
「チッ、……厄介だな」
『イ”イ”ィダィィ……、ヌジざまゴノユギイ”ダイィ』
だがその雪はセルペンテの体を癒やしはするも、敵には容赦がないようだ。
雪が触れた箇所が焼けるような音と共に痛みを伴うのか雪に振れるのを恐れ、その大翼で自身とペーゾの身を護るように庇う怪物の少女。
「もう十分役目は果たした。
それにコレは使い勝手は良いだろうが、今の俺達には毒でしか無い」
雪により炎で創り上げられたリングが薄れ少女の大翼でも出られなかったその場所から、大翼を広げ飛び上がる少女。
そしてペーゾもその全貌を見ることは出来ないが、恐らく少女のように純粋な人間では無いのだろう。
魔法を使った感覚もなく、その身一つで空中に浮かび上がっている。
「ほーん………。そういう事か。
今度はアイツをこっちに引き入れないとな?」
「なに?」
「精々アイツが墜ちない内はナイト気取りで護ってな」
セルペンテの背後、彼の頭上からルイーナとアルバの姿を見たペーゾは何かを納得した様に頷いた。
そして最後に不穏な言葉を残し去っていくペーゾと少女に、セルペンテはその姿を追うこと無く勢いよく背後を振り返りルイーナに元へと走った。
何か取り返しの付かないような、何か良くないことが起こりそうなそんな嫌な予感がセルペンテの中で湧き上がる。
そしてセルペンテは、眼前に広がったその光景に自身の感じたものが正しかった事を知ってしまった。
「う、そだ……」
聴こえてきたアルバの言葉に、出来ることならセルペンテ自身も嘘でっあって欲しいと思った。
「ルイーナ様……、貴方は、そこまで……」
今度こそ、ルイーナはセルペンテの声が届くことは無くなってしまっていたのだ。




