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第八十四話

「ルイーナ様、しっかりして下さい!」

ルイーナを抱え民家に飛び込んだセルペンテはルイーナの肩を揺さぶり、そう声を掛けた。

だがその声は絶望に突き落とされたルイーナには届かない。

「このッ………、あの時私に言った言葉は嘘ですか?!」

 うわ言の様に自分のせいだと呟くルイーナに、セルペンテの脳裏には彼と初めて出会った時の事が浮かんでいた。

 彼の生家、即ちカウケマール家では代々神を信仰してきた。

そして盲目的なまでに神を信仰している家族の中で、セルペンテだけが浮いていた。

『どうしていもしない神を信仰するのですか?』

幼い頃はただ純粋に疑問に思っていただけだった。

『何故、我らをお救いくださる神は何もしてくださらないのですか?』

だがそれは成長するに連れて大きくなっていった。

『神は信仰深い者しかお救いにならないのだ』

 どれだけ祈ろうと神の声なんて聴こえないし、天啓もない。

カウケマール家に生まれ落ちたにも関わらず、神に対し疑問を持ち信じもせず信仰さえもしない。

そんな息子に、どうにか神を信仰させようと彼の両親が放った言葉はより彼から神を離れさせた。

『あなたは、神を信じますか?』

それから、王国内ではある殺人鬼の話が広まった。

夜な夜な神を信じるかと問い掛けてくる何かがいるという噂だった。

その問い掛けに答えた者は、翌日には物言わぬ屍と成り果てた。

娼婦に乞食、老若男女問わず六人がその殺人鬼の手に掛かった。

 だが、一部ではその殺人鬼こそ神の使いなのではないかと囁かれていた。

『あれは死で魂を救済し、神の元まで運ぶ死神なのだ』

『死神に魂を抜かれたものは皆、一様にしてその死に顔は笑みを浮かべていたのだから』

 殺人鬼に殺されているにも関わらず、その顔に笑みを浮かべ傍から見れば傷の一つもなく穏やかに死ぬ者を見た者達はそう言った。

 だがそんな会話が国内で囁かれる中その殺人鬼、セルペンテだけは満たされることのない己の心に遣る瀬無さを抱えていた。

神を信仰しながらも救われす、死を望む者達は彼の神を信じるかの問いに信じているとしか答えてはくれなかったからだ。

勿論その者達以外にも彼は同じ質問をしてきた。

 だが一様にセルペンテの問い掛けを聴いた者達は神を信仰しているとその口では宣うも誰かを足蹴にし見下し嘲笑う者達だった。

何故、そんな者達が今を何不自由なく生きているのに神を信仰しつつも明日を生きれるかも分からない生活を送る者達。

 そんな者達を見て、セルペンテにはもう何も分からなかった。

『そんな所にいたら風邪を引くぞ?』

 そんな時だった。彼が現れたのは。

『ほら、これを使え』

分厚い雲が空を覆い、冷たい雨に自身が濡れる事も厭わずに身に着けていたローブでセルペンテの身体を覆った青年は澄み切った橙色の瞳をしていた。

 再度その青年、ルイーナが大丈夫かと言う質問に対しセルペンテはそれに答える事無く、神を信じるかとの質問で返した。

『んー、俺は………どうなんだろうなぁ』

返ってきた答えは、セルペンテが初めて聞くものだった。

神を信じるかとの問い掛けに、その質問をされた者達は信じるか信じないかの二択しか無かった。

『神はいるかも知れない。

だってそうしなければ人は何を信じればいいか分からないだろう?

神はいないかもしれない。

だって神がいるのなら何で人は平等では無いのか疑問が付き纏うだろう?

…………まぁ要するに人は都合の良い生き物だから、神を信じるか信じないかは時と場合によるんだよ』

『なら、貴方は神を信じない?』

『信じたくない、って言うのが正しいかな。

もし神がいたら俺がこれからするのはその神に、この世界に対して悪になるだろうからな』

『悪になると分かっていて、何故?

何故それをやめようとしない?』

『それらを敵に回しても、護りたい物があるからだよ。

 護るためなら俺は天を射抜き神を地に落とす。

悪だと言われ指さされ断罪されようとも、護ると決めた家族や友の為に戦うって決めたから』

だからこの身が朽ち果てぬ限り俺は俺の道を最後のその時まで逝くのだと語るルイーナに、セルペンテはこんな人がいるのかと、自身の根本が揺さぶられる様な感覚に陥っていた。

彼が出会ってきた者達の中で、これ程まで強い意思を示す者など只の一人もいなかった。

 自身に対して神を信じると見繕うわけでも神などいないと喚き立てるでもなく、己の信念を貫くその姿は何よりも大きく見えた。

 そしてこの時、セルペンテは彼の両親がいつか言っていた言葉がを思い出していた。

『お前にもいつか分かる。

自分だけの唯一は、必ずお前の前に現れる。

その方はきっとお前の、お前だけの主となるだろう』

 初めはそんなモノ一生自身には関係の無いものだと思っていた。

何も持たず何も信じない己には関係のないものだと、彼と出会うまではそう思っていた。

 だがこの時初めて己の心臓は強く波打って煩いほど鮮明にドクドクと早鐘を打っていた。

この人に着いていきたいと。

この人が逝くその場所を見たいと、そして最後まで共に有りたいとそう思ったのだ。

理解されなくても良い。

理解してほしいとも思わない。

これは自分だけのモノだ。

自分だけの感情、自分だけのソレ………。

悪になると笑うその仮面の下には、どんな彼がいるのだろう。

護ると宣言し、神や世界をも敵にして何故そうも己を保っているのかが知りたくなった。

 いるかも分からない神よりも、今目の前にいる彼が己の唯一の主なんだと本能が叫んだ瞬間だった。

 今にも鮮明に思い出せる彼との出会い。

その時に彼が言った言葉を、他でもない彼自身が後悔していることが許せなかった。

その程度なのかと、ただ一度のソレで諦められるほどあの時の言葉も何もかも薄っぺらいものだったのかと。

「まだ、貴方の手は届くでしょう?!

奪われたままで良いんですか?!

彼は、貴方が神を世界を敵に回しても護ると誓った家族……大切な弟なのでしょう?!!」

 セルペンテは叫ぶ。

深く暗い闇の底に今も沈みゆくルイーナに届くようにと。

このままで終わって良いのかと叫んだ。

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