第八十三話
「ハハハ、これを見て殺されかけてもお前はアレを弟だと言えるか?」
惨めだと、伸ばした手で何も掴むことも救うことさえも出来なかったルイーナをペーゾは嗤う。
その声だけがまるで悪魔の囁きのようにルイーナの頭の中を駆け回る。
ルイーナの視界に映る弟の姿は、あの天使の面影はなかった。
唸るような声と共に、光の灯らない無表情でただそこに立っている。
アルバは、そんな顔をしなかった。
アルバは、そんな声を出したりしなかった。
アルバは、そんな目で俺を見たりしなかった。
あの子は、弟はそんな………………。
グルグル、グルグルと上手く回らない頭でそんな事を考える。
今目の前で起こった出来事を脳が拒絶してるかのように正常に回らない。
視界に映る全てが現実の事だと認識してくれない。したくないと叫ぶ。
「……………ルバ」
現実は時として無情である。
どんなに否定したくても、どれだけソレを拒んでも現実は止まること無く戻すことも出来ずにすぐ側にある。
決して離れる事のない、引き離す事の出来ない影のように永遠と側にあり続ける。
「アルバ……」
悲痛な声と共に震える喉から溢れた声は、惨めだと言われる程に弱々しいものだった。
彼の目の前で起こった一連の出来事は、彼の根本を揺さぶり悪夢を呼び起こすには十分過ぎる物だ。
一度知ってしまったものは二度と離れない。
もう二度と同じ事は起こさせまいと今まで身を粉にして走り続けていたルイーナの足が酷く重くなる。
『アァア”ァ”…………』
「ルイーナ様!!」
再び呆然と見詰めることのしか出来ないルイーナへと容赦のない追い打ちが迫る。
迫り来る弟の攻撃を避けるどころか動くことさえも出来ないルイーナを咄嗟に抱えたセルペンテが、抱えたルイーナごと地面を転がりその攻撃を避けた。
「ここまで上手くいくと、こちらの苦労も報われるってものだ」
「苦労だと?
ルイーナ様の弟君を何故……」
「そう言われてもな。
それに、そもそもこれはルイーナのせいなんだぞ?」
「………俺の?」
「お前があの時アイツを連れて来なければ、あの方の目に止まることはなかった。
それにあの女と関わらなければ、お前から奪い続けた魔力もアイツに使うこともしなくて済んだんだよ」
ペーゾは舞台の上に上がる役者の様に両腕を広げ語りだした。
ファウスト家を襲撃した目的は、自分達があの方と崇めるモノの驚異となるであろう神の愛娘を産んだ女を贄へと求めたからなのだと。
その後、魔女の森で存在する闇の魔力の回収しあの方の糧にするつもりだったのだと。
「ルイーナの魔力はその身体という器には納まりきらないほど強大だ。
だから少しずつ奪って貯め続けていたのに、アイツの器もそこそこ大きいからな。
お前の魔力が染めやすいのは助かった。
あの方と同じ闇に染めてアイツに注ぎ込めたからな」
そのせいか、今のアイツにはお前しか見えてないみたいだな。と言ってやれやれとでも言う様に頭を振るペーゾ。
つまり、彼の言っていることが全て嘘偽りにないものだとするならば………。
アルバがこんな事になったのは、今までのルイーナの行動のせいだと、そう云う事になるわけで……。
「なら、俺が…俺が今までしてきたことは、全部………無駄だった?」
呆然と、只呆然とそう呟くルイーナ。
余りにも残酷で薄情な事実という名のナイフがルイーナの胸に深く、深く突き刺さる。
ダンジョンでぶつかった男はルイーナの魔力を奪う為の魔法を行使するためのトリガーだった事。
ルイーナが両親を救おうとファウスト家に戻り、そのルイーナを追ってきたせいでアルバは敵に目を付けられた事。
ルイーナから奪われた魔力が、闇に染め上げられた魔力が今、アルバを苦しめ闇に堕とした事。
この世界の悪役を呼び起こしたのは、他でもないソレを阻止しようとしていたルイーナである事。
塞き止める事の出来ない、濁流の如く押し寄せるそれらを受け止められないルイーナ。
「いいなぁその顔………もっと絶望でぐちゃぐちゃにしてやりたくなる」
静かに頬を濡らすルイーナに高揚した声でそう言葉を掛けるペーゾから姿を隠すようにルイーナを自身の身体で覆ったセルペンテ。
アルバが創り出した無数の火球が弾丸となって放たれた。
咄嗟に魔法障壁を張るも、威力も弾数も桁違い。
ガラスの破片のように意図も容易く粉々に砕け散った魔法障壁を掻い潜り、数発の火球がルイーナを抱き抱えるセルペンテへと直撃した。
「い”ッ……」
焦げ臭い匂いが辺りを漂い、炎で焼かれた背が外気に晒され更なる痛みがセルペンテを襲う。
背中を焼かれながらもルイーナを抱き上げ、近くの物陰に身を隠しながらセルペンテは一時的でも体制を整えられたならと一縷の望みにかけて廃墟となった民家へと駆け込んだ。




