第七十九話
ジュラルドやロベルト、ノックスや騎士達が戦っている中、彼も戦っていた。
そう、戦っていたのだ。
「カウケマール家の子供は死んだって聴いていたんだけど………キミ生きてたんだ?」
あ、でももう死ぬか。
ケタケタと嗤う幼い少女。そしてその少女が見下ろす先には、崩れた壁に押し潰され倒れ伏すセルペンテの姿があった。
「呆気なくてつまんな~い。
でもこの身体にも慣れたしラッキーだったかな」
その少女の姿は、少女と言うには余りにも人間離れしたものだった。
青銀の竜の片翼に朱く染まる長く鋭い爪、そして縦長に割れた人間離れした金色の瞳孔だった。
「ボクも他の所に遊びに行こ〜っと」
「………どこに行こうと言うんです?」
「何で起き上がるの?そのまま死んじゃえばもう痛い思いもしなくて済んだのに」
ガラガラと重たそうな音を立てて起き上がるセルペンテに、少女は呆れたような目を向けそう言葉を投げ掛けた。
額から流れ出た血を拭い立ち上がるセルペンテ。
そして積み重なる瓦礫の山の上から飛び降り対面に立った少女へと、セルペンテは鈍色に光るナイフを構えた。
飄々とした体で肩をすくめ話す少女は自身の爪を弄りながらてんで興味がないとでも言うようだった。
「まだやるの?さっきのでボクに敵わないって分かったじゃん」
「っ!!」
瞬時にセルペンテへと肉薄した少女は、その長く鋭い爪を大きく振りかぶった。
その攻撃をセルペンテは横に跳ぶことで回避したが、少女の爪はセルペンテの頬に一筋の赤い線を引いた。
「ほら、今だって避けられて無いじゃん。
無駄死にだって分かってんのに、何で戦うのさ?」
理解できないと小首を傾げる少女。
理解できないだろう。
理解してほしいとも思っていない。
「主が私を信じてくださる。私は、その信頼に答えるのみ」
「カウケマール家って神を信じてるけど、神なんて所詮空想の産物。
祈った所でなーんにもしてくれない無能じゃん?
キミもその口?」
「はっ、天界の神々など興味はない。
私の主はルイーナ様ただ一人」
セルペンテの言葉に少女は僅かに目を見開き、そして初めは小さく、だが最終的には大きな声で腹を抱え笑いだした。
「アッハハハ!まさかよりによってルイーナ・ファウストかよ!!
知ってるよその子供のこと!
アレだ、当主争いに負けた長男坊!哀れだよね無様だよね!?
それがキミの主だなんて、カウケマール家も地に落ちたもんだよ」
嗤う少女は気付かない。
自身が、起こしては目覚めさせてはいけない怪物を目覚めさせた事を………。
「ハハハハハ………は?」
そして自身の胸から生える朱く染まった刃に困惑した。
何故、自身は何かで貫かれている?
何故、自身は返り血ではない己の血で濡れている?
自身から生えた刃が、より深くより強く差し込まれる直前に少女は身体を前に倒しナイフが抜けると同時に前方へと跳躍し、先までいた場所を振り返った。
「私の主を、無様で哀れだと?
貴様にあの方の何が分かる?」
俯いているせいでその顔を伺うことは出来ないが、余りにも静かで不気味なセルペンテの声色に少女は初めて顔を歪めた。
己よりも傷だらけで、血塗れなのにどうしてこの男は立っている?
それよりもどうやってあの一瞬で己の背後に……?
「あの方は私を救ってくださった。
あの方は私に生きる意味と居場所をくださった。
天界の神々よりも尊いお方を貶す事もあの方を冒涜する発言も、私は赦しはしない」
だから貴様はここで死ねと俯けていた顔を上げたセルペンテに、少女は震えそして思い出した。
この男、セルペンテ・カウケマールに関するもう一つの噂と、少女をこの身体にしてくれた主から聴いた話を思い出した。
互いに主を持つ者同士、ほんの少しの共感はあった。
主のために身も心も捧げる。
それはこの身体になる前にもなってからも変わることはない忠誠であった。
だが、己は目の前の男を見誤っていたのだ。
男のそれは忠誠と言うには余りにも歪で狂気的だ。
依存や盲目的とも言えるだろう。
セルペンテ・カウケマールは神狂いであり、狂信的な信者である。
気にも止めなかった噂は、少女の目の前で証明された。
「お前……、まさか」
そして少女は、セルペンテの放つ独特な雰囲気に覚えがあった。
一度だけ少女の主と共に主が引き入れたいと言っていた五人の人間を殺した殺人鬼。
喉を切り裂き腹をも切り裂き相手を殺した白い仮面の男。
僅かな月明かりに照らされ行われた一連の動きは美しく繊麗されていた。
主が欲しいと言うのも、無知な己でも見惚れ理解できるまでに。
だがその殺人鬼はこちらに引き入れる前に忽然と姿を消した。
てっきりこの国を離れたものだと思っていたが…………。
「貴様で六人目だ。楽に死ねると思うな小娘が」
「お前だったのか……、切り裂きジャックッ!!!」
切り裂きジャック。
正体不明の殺人鬼。
名前も無く、その性別すらも誰も知らない。
一時期世間を騒がせ、唐突に姿を消した恐怖の象徴。
人ではない、血と殺人に狂った怪物とまで噂された殺人鬼は少女の言葉に歪んだ笑みを浮かべ、再度その血に濡れたナイフを構えたのだった。




