第六十九話
「セル」
「ルイーナ様?いかがなさいました?」
ノックすると開かれた扉。
その先に見慣れない眼鏡を掛けた姿のセルペンテが、僅かに見開いた目でルイーナを見ていた。
部屋に通されたルイーナは、セルペンテに促されソファへと腰を下ろし目の前に置かれた落ち着く香りのする紅茶を一口飲んだ。
「急にごめんね」
「気にしないで下さい」
自身の紅茶も入れたセルペンテがルイーナの対面へと腰を下ろした所で、セルペンテは再度どうしたのかとルイーナへと問い掛けた。
「森の至る所で感知された魔力だけど、どうだった?」
「それでしたら、先程解析が出来ましたよ」
ルイーナの問い掛けにセルペンテは右手を動かし、先程まで使っていたデスクからある物を引き寄せた。
「こちらがルイーナ様が提供して下さった魔力で、その隣が森で感知された魔力です」
「……やっぱり」
コトリと軽い音を立てて二人の目の前の机に置かれたのは、二つの水晶玉のような物だった。
片方には橙色と桃色の靄を写し、もう片方は桃色と黒に近しい紫色の靄が写されていた。
「闇属性と言うよりは、暗黒と言った方がいいでしょうか?
通常の闇属性よりも、もっと禍々しい何かですね」
「暗黒ねぇ……」
ルイーナ自身、アマラの魔力を受け継いだ事により自身の中に厄災と繋がっていると言われる闇属性のものがあるのは分かっていた。
今は彼女自身の魔力色で闇属性特有の色は隠れているが……。
シリルを探し森の中を歩き回っていた時に感じた魔力に違和感があった。
初めはアマラの魔力があの洞窟から漏れ出して森の中に漂っていたのでは無いかと思っていた。
だが、彼女は魔力はあっても魔法が使えない状態だった。
そうなれば、彼女の他に誰かが森の中に入り魔法を使っていたか魔力を垂れ流していた可能性がある。
それもアマラよりも厄災に近く、闇よりも黒く禍々しい魔力を持った誰かが。
「魔物と言いこの魔力と言い、偶然はあり得ない。
それに関わりが無いとも言えないな……」
「闇属性の魔法の中には、魔物を使役する物もありますからね。
その点も考慮して探ってみます」
「頼んだよ」
部下やシリルの事も面倒を見ていなければいけないのに、負担ばかり掛けて済まないとルイーナが謝罪すれば、セルペンテはとんでもないと頭を振った。
「私は私がやりたい事をしているまでです。
それがルイーナ様のお役に立つのなら、どうか私をお使い下さい」
貴方様に頼られそのお役に立てる事が、何よりも幸せなのだと言って柔らかく微笑んだセルペンテ。
その微笑みにルイーナは自身の胸がほんのり温かくなった。
不安だったのだ。
ジュラルドやロドルフォには感謝を伝え、何かしらの礼の品を渡せる距離にいる。
だが、セルペンテは今の様にこの森の屋敷にいるか様々な国や地域を調べ回っている事が殆どだ。
その為、手紙でのやり取り等はしても直接礼を言えなかった。
無理はしてないか心配だった。
彼に任せて、負担を掛けていないか不安だった。
彼は優しいから、嫌な事も断れないんじゃないかと悩んだ日もあった。
それでも彼以上に情報面に強く、実力もある人物はルイーナの知る限りセルペンテしかいなかった。
昨日、セルペンテはルイーナに救われたと言っていた。
そのせいで彼は自分に縛られているのでは無いかと考えた時もあった。
「ねぇセル、何かしたい事とか欲しいものはない?」
「欲しいもの、ですか?」
「そう」
だが、ルイーナを見るセルペンテの瞳は優しかった。
頼られて嬉しいと微笑んだ彼の瞳は、純粋に美しかった。
だからこそ、彼は本当の事しか言っていないのだとルイーナは理解した。
そして、彼の為に自分も何かしたいと思ったのだ。
「………でしたら…もし可能であるならば、次の女神祭をルイーナ様と共に行ってみたいです」
「女神祭に?」
「はい。お恥ずかしながら女神祭に行った事が一度も無く、叶うならばルイーナ様と共に行ってみたいのです」
「ふふっ、そんなのでいいの?
もっとわがまま言っていいんだよ?」
「十分です。それに余りわがままを言ってはバチが当たってしまいます」
「セルは欲がないなぁ…。
それじゃあ、次の女神祭は一緒に行こうか」
「楽しみです」




