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第六十一話

 突然聴こえてきた声に、ルイーナは子供を庇うように抱き込め声のした方向へと顔を向けた。

「なに、そう警戒せずとも取って食べたりはせんよ」

「貴女は………一体何ですか」

「そこで誰とは言わず何と言うのは、勘が良いのか観察眼が鋭いのか……。

儂は過去の亡霊じゃよ。

この地に縛られ天に昇る事も許され無い者の成れの果てよ………」

 そう苦笑と共に話すのは、鈴蘭のように可憐な美しい女性だった。

だが、その女性からは生きている者の気配が無かった。

「その子供はここに迷い込んでしまったようでな?

人が来るのは久方ぶりで嬉しくてな、随分と長い間話し込んでしまったようじゃ」

済まなかったな、と頭を下げる女性は年若い美女にしか見えないが、その話し方や雰囲気は願い年月を生きた者特有の存在感を放っていた。

「縛られている……?」

「うむ。肉体は土に還っても魂だけがこの場に縛られておるのだ。

この姿は只儂を形作っているだけの紛い物に過ぎん。

元の肉体はもっと年相応のババァじゃよ」

そう話す女性は、艷やかな桃色の髪を揺らしながら澄んだ空色の瞳を細め可笑しそうにクスクスと笑った。

「何故縛られているのか聞いても?」

「少し長い話になるが、それでも良いのであればな」

「大丈夫です。

君も大丈夫かな?」

「はい」

 コクリと頷いた子供の頭を軽く撫でる。

子供が見付かった事と、こちらの事は心配せず屋敷で待っていてほしい事を魔法で造った蝶に吹き込み外へと見送ったのを確認してから、ルイーナは子供とともに女性へと再度向き直った。

 近くにあった座るのに丁度良い高さの岩に腰掛ければ、女性は目を伏せ語りだした。

「儂は昔城に仕える魔法師じゃった。

だが儂が仕えていた国王は良い意味でも悪い意味でも強欲な男じゃった……」

「良い意味でも悪い意味でも?」

「そうじゃよ。

王は国とその国に住まう国民を愛していた。

優しく穏やかな王じゃった。

だからこそ自身を犠牲にしても守るのだと誰の話も聴かずに戦場で誰よりも前線に立って戦った。

愛した民が苦しんでいれば自身の持つ財産を投げ売ってでも皆の笑顔と幸福を優先した。

自身の手に余る命や他の幸福を望んだ。

独りでは身に余る責務をその背に背負い、それでも誰にも頼らず現状にさえ満足せず次を望む。

それを強欲と言わず何と言うのか………」

 悲しそうに、だがどこか誇らしそうでもある表情で話す女性はその王の事を王が国と民を愛していたように、彼女自身も愛していたんじゃないだろうか。

「主等は厄災を知っておるか?」

「はい」

「なら闇の魔力についても知ってるな?」

「闇の魔法適性がある者の身に宿る魔力の事ですよね」

「そうじゃ。なら、闇の魔力と厄災の関係は知っておるかの?」

「闇の魔力は厄災に通じる物があるとは本で読んだことがあります」

 闇の魔法適性がある者が悪だと言われているのは、闇の魔力は厄災の色彩を持ち全てを飲み込み喰らい尽くすと古くから言い伝えられていたせいでもあった。

だからこそ闇の魔法適性を持った者は厄災に通じるとされ嫌悪と破滅の対象となっているのだ。

「厄災は哀しいものなのだと王は常々言っておった。

王は闇の魔力は厄災の涙なのだとも言っておったなぁ」

「厄災の、涙……?」

「厄災は人の心から産まれ落ちたのではないかと王は考えておった。

誰もが持つ悲しみや絶望、憎悪、孤独、それらが合わさって厄災という形を持ったのだろうと。

だからこそ厄災と同じ色彩の闇の魔法を扱う者が産まれるのだとな」

「誰にでもある、深い悲しみ……」

 ボソリと呟いたルイーナの脳裏には弟のアルバの事が浮かんでいた。

ルイーナが知っているゲームの中でのアルバは両親の重圧に晒され、愛されたいと望んでいた。

確かに闇の魔力が確認される前から、彼は悲しみの感情を強く持っていた。

 だが、今は違う。

ファウスト家の家族関係は改善した。それにアルバは両親から愛され姉との関係も良好だ。

ゲームの中よりも笑顔が増えているのは事実だ。

そして何より、アルバはゲーム通りであれば発現する筈の闇の魔力を発現していない。

「(だからアルバは闇魔法の適性が出なかったのか……)」

 その考えが浮かんだルイーナはニヤけない様に表情を抑えるのに必死だった。

だってつまりそれはアルバが幸せだと思ってくれている事なのだから。

「王は厄災に同情し助けたいと望んだ。

だだからこそ、厄災は王を求め自身のものにしようと手を伸ばしたんじゃ」

「厄災が……?」

「そうじゃ。

だが王が行こうとするのを我らが必死に止めた。

忠誠の儀式で王を縛り付けてな」

「忠誠の儀式って何ですか?」

「そのままの意味じゃ。主に絶対の忠誠を誓い離れることも裏切ることもしないと言う……。

そうじゃろ?スペランツァ殿」

「ん”んん…………そうですね」

 薄っすらと笑みを浮かべた女性が意味深にルイーナを見るのに、思わず首に掛けられた自身の仲間の二人と同じ瞳の色のネックレスを服の上から握り締めたルイーナは不思議そうに見上げる子供に目と女性のその視線から逃れようと顔を背けた。

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