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第五話

「………何をしていた」

「二人と一緒に料理をしていました」

「………何を作った」

「ハンバーグという肉料理です」

「なんて事をしたのっ!!?神の愛娘であるルーチェにお肉料理を食べさせるなんて!!」

肉料理と言った途端にヒステリックに叫びだす今世の母が食堂へ入る為に俺を押し退けようとするが、入らせはしない。

「そこを退きなさい!!」

「嫌です」

「退きなさいと言ってるのが分からないのっ?!」

……この食堂が防音仕様で良かった。

母親のこんな声、あの子達に聴かせたくはないから。

「神の愛娘にお肉なんて食べさせて!もしも妖精と心を通わせる力が無くなったらどうするの?!」

「それの何がいけないんですか?」

「え?」

「力が消える。それの何がいけないことなんですか?」

目を見開いた母親は、暫く呆けていたが次いで今朝の父親と同じくらい顔を怒りで赤く染め上げた。

「力が消えれば神の愛娘では無くなってしまう事も分からないの?!

あの子は特別な子なのよ!!」

「なら逆に聞きましょう。その力とやらを消さないために根拠のない事を強制し、ルーチェが死んでもいいと?

彼女の命よりも力を優先すると言うことですね?」

「死ぬ……?な、なんであの子が死ぬなんて事になるの……」

「………ルイーナ」

「はい。何でしょうか」

服の首元を掴んでいた母親の手が緩んだ。

死ぬ…あの子が死ぬ?とぶつぶつと呟く母親を一瞥し、乱れた首元を直していればそれまで母親と俺の会話を聴いているだけだった父親が俺を呼んできた。

「ルーチェが死ぬとはどういう事か教えてくれないか」

「っ?!……分かりました」

昨日みたいに怒鳴ってくるかと思いきや、父親は何処か真剣な目で俺を見るものだから驚きだ。

「今朝もお話した通り、俺もアルバもルーチェもれっきとした人間です。

母親から生まれ共に毎日を過ごした只の人間です。

例え特別な力を持っていてもそれ以外は俺達と何も変わりません」

「………続けてくれ」

「人間は野菜だけでは生きていけません。

肉や魚等のタンパク質や炭水化物は勿論、その他の栄養をバランスよく摂取しなければ身体に悪影響を起こします。

現にルーチェは貧血や筋力の衰え、そして疲労感が出やすくなっており、今はまだ大丈夫ですが味覚障害の片鱗が見て取れました」

父親の執務室から出た後に会ったルーチェと手を繋ぎ弱く握り返された時は遠慮しているのかと思っていた。

だが野菜しか食べていないという話で何個かルーチェに質問をしたが、そのが栄養不足によるものだと分かった。

幸い今は普通に生活出来ているが、このまま野菜だけ食べていればいつか必ず倒れてしまうだろう。

「でも、神の愛娘は特別な存在なのよ?力が失われてしまえばもうあの子の価値が……」

「神の愛娘としての力が無くなれば自分の娘だろうと価値がないと捨てるつもりですか?」

「誰もそんな事言ってないでしょう?!」

「同じ事ですよ?そもそも価値なんて言葉を使ってる時点で何故違うと言えるんですか?」

………最初は、こんな人ではなかった。

ルーチェの記憶では優しく穏やかな母親だった。

厳しくも優しく笑う父親だった。

だが神の愛娘を産んだ母として、神の愛娘の家族としてもファウスト家の当主としても弱みを見せないようにとその言葉の重みに押し潰されまいと必死だっただけなのだ。

………だけど、そんなのでは誰も幸せにはなれない。

「あの子達の笑顔を見たのは何時ですか」

「二人は何時だって笑顔だったわ……」

「本当に?それは本当に心の底からの笑顔でしたか?」

「…………。」

「心当たりがあるんじゃないですか?」

それ以来黙り込んでしまった母親の背に、父親の手が添えられた。

「ルイーナ、そこを開けてくれないか」

「どうするつもりですか。もし二人を…」

「見たいんだ。あの子達の顔を」

そう言った時の父の顔は、当主としてはなく一人の父親としての顔に見えた。

子を想う父親の目をしていた。

扉を塞いでいた体をずらし道を譲る。

ありがとうと、あの父親から言われた。

母を伴い父が扉を開けば、二人の楽しげな笑い声が聴こえてきた。

「美味しいね!姉様!」

「えぇとっても!」

ニコニコと笑う二人。その笑顔も護っていきたいのだ。

……出来ることなら、家族皆で笑い合えたならどれだけ素晴らしいだろうか。

「ルーチェ、アルバ……」

「っと、父様…」

「お父様っ!」

笑っていた顔が父を見て一気に青冷めた。

今にも泣き出してしまいそうな恐怖の滲んだ顔だった。

矢張り今ここで二人と会わせるべきじゃなかったんだ。

父を部屋から出そうと手を伸ばし___だがその手が父に触れる事はなかった。

父が二人に向かって深く頭を下げたから。

「すまなかった」

「貴方……?」

「お前達に辛い思いをさせてしまった。

……許してくれとは言わない。ただお前達に謝りたかった」

「…………私も、謝るわ。ごめんなさい。

子のためと言いながら傷付けていたのね……。

だってあなた達のそんなに楽しそうな顔、見たこと無いもの」

父と母が、頭を下げている。

父親として母親として我が子に頭を下げ、自身の行いを反省しているのだ。

自身の間違いを認め、尚且それを正そうとすることは並大抵の事ではない。

それは大人の二人に取っては何よりも難しいことだ。

だけど現に今、二人はちゃんと我が子と真剣に向き合おうとしている。

親になろうとしている。

「………もう、怒らない?」

「あぁ。怒鳴ってすまなかった」

「………問題を間違えても、叩かない?」

「あぁ。痛い思いをさせてすまなかった」

「………ちゃんと、私を見てくれる?」

「神の愛娘じゃない。娘を、ルーチェ・ファウストを見ると誓おう。

そしてアルバ。ファウストとして見ると誓おう」

「本当に……?」

「本当よ。愛してるわアルバ、愛してるわルーチェ。

今まで本当にごめんなさい」

互いに涙を流し、駆け寄り抱き締め合う両親と妹と弟。

家族としてのあるべき姿がそこにあった。

「……今日、この後皆でピクニックに行くんです。お父様とお母様も、いっ、一緒に行きませんか……?」

「兄様とクッキーを焼いて外で食べるんです」

「いいのか……?」

「今まであなた達に酷いことをしてきたのに……?」

「だって家族だから!」

よかった。本当によかった。

これできっと、この家族は大丈夫だ。

互いに想い愛い支え合い助け合う事が出来る。

これならきっとルーチェとアルバが家族の事で苦しむことは無くなるだろう。

本当に、本当に良かった!!

………チクリと傷んだ胸の痛みを無視して、俺はこの美しい家族の形をただ黙って静かに見詰めていた。

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