第三十ニ話
土日は更新お休みです。
結局、一睡も出来なかった。
目の下の隈は日に日に色濃くなっていき、心做しか顔も青白くなっている。
着替えた服の皺を伸ばし溜息を溢しながら鏡に向かい、コンシーラー等で隈を誤魔化し肌色も健康的な色へと変えていく。
何時もであれば今の時間は外で走り込みか剣を握っているが、今日は何だか気分が乗らない。
「今日は部屋でやるか……」
室内でも出来る筋トレを脳裏に浮かべ、戸棚から茶葉を取り出し三人分の紅茶の準備を行う。
朝の報告だとしてここに来る騎士二人の分と自分の分。
クッキーも忘れずに用意すれば小さく扉をノックする音が聞こえてきた。
あの何時も笑顔の方ではなく生真面目な方の騎士さんか………。
こう云う所は常識人何だけど冗談が通じ無い一直線な、猪突猛進の言葉が合う人だ。
「どうぞ」
「失礼する」
部屋に招き入れればやはり騎士の二人だったが、何時もなら部屋に入った途端にクッキーに飛び付く人物が今日は随分と大人しいのに気付いた。
「どうかしたんですか?」
「あー、うーん、いやぁ………」
モゴモゴと口を動かすも歯切れの悪く言葉としては成立しない音を紡ぎつつ頭を掻く騎士に首を傾げる。
何か訳ありか?と無理に聞くつもりは無いと口にしようとした所、何故化見詰められ慌てて口を閉じた。
「実は、ここ最近アーテルの寝付きが悪いようで……。
寝不足のせいか機嫌が悪くて」
「そう、なんですか……。
もしかして寝不足なのはお二人共?」
「お恥ずかしながら」
おぉ、確かに何時もなら丁寧だけど言葉の端にはビックリマークが入ってるような声でハキハキと話すのに、今日は静かだ。
寝不足だとこうも変わるのかと新たな発見に驚いていれば再度申し訳無さそうに眉尻を下げられてしまったので慌てて二人をソファに座るように促し、用意していた紅茶をカップに注いで差し出した。
「申し訳無い…」
「いえ、何時も弟妹を護衛して貰ってますから」
紅茶を飲めばホッとしたような顔になったので少し安心した。
そしてその傍らでのっそりと腕を伸ばし、ナマケモノを彷彿とさせる動きでクッキーを手に取ったもう一人の騎士は一枚二枚とゆっくりではあるがそれでも着実に皿に出されたクッキーを食べて消費している。
「もしかして、また何か動きが?」
「いえ、その逆です。何も無いんです」
「何も無い?」
「はい。何も無ければ我々は調査にはそう簡単には動けません。
なので過去の事件に関する資料の全てを確認し少しでも情報を得ようと考え行動したのですが、結果はご覧の通りです」
「……お疲れ様です」
ハイライトの消えかかってる目で言われると説得力が凄い。
お疲れ様の言葉しか言えないが中身の無くなったカップに紅茶を注ぎ追加のクッキーを持ってきて皿に出せばありがとうと小声で言われた。
「………本当に陰になるの?」
緩んでいた空気が、ピン…と張り詰めた。
ゆったりとした微睡みのようだった、空間が極寒の極地へと変わった。
「なぜ…」
「陛下から言われたんでしょ?ルーチェ嬢が神の愛娘である事を公表しない代わりの条件の一つとして」
……現状ルーチェやアルバを護衛する為に派遣されてきた二人には話すべきだとは思っていたが、既に知っているとは思わなかった。
恐らく護衛騎士団の団長が彼等に伝えたのだろう。
「……そうですね。
明日のパーティが終了次第、私は陰に成ります」
そしてファウスト家の当主がアルバである事もその場で正式に公表される。
昨日で割り切った筈の様々な不安が胸の内に湧き上がる。
捨てられるのではないかと言う不安が身体に纏わり付いているような感覚が蘇る。
「逃げないの?」
「はい……?」
「何で逃げないの?そんなに不安そうな顔をしてるのに。
苦しくて苦しくて仕方が無いって顔してるのに」
ドクリと心臓が音をたてた。
もしやこれが恋…?なんてネタをかませる余裕は今の俺にはない。
何時も通りの俺の筈だ。
なのに彼は何と言った?
隠さなきゃ、隠さないといけない。
やめてくれ。見ないでくれ。
弱い俺を暴かないで………っ!!!
「誰か為に、それが家族でも自分を殺してまで嫌なことをしてまで護るのは違うでしょう?
それは君の傍迷惑な自己犠牲でしか無い。
そんな苦しい思いをしてまで護る価値があの二人にあるの?」
「………何を」
「君自身を犠牲にしてまで護るべき者なの?」
「俺が護りたいから、ただそれだけです。
価値なんて関係ない。あの子達は幸せになるべきなんだ。
……だだの自己満足なのは十分承知の上です。
でもそれ以上に俺が、俺自身が誰もが望む最高の終わりを見たいんです。」
「どうしてそこまでする?」
どうして?
そんなの決まってるさ……。
「愛しているから」
二人の笑顔を護りたいと思った。
ゆっくりとこちらで過ごす内に段々と消えていく前世の記憶。
その記憶の中の俺は後悔ばかりだった。
何も出来ずに奪われるだけの存在だった。
前世の弟妹だった双子は勿論家族も俺は今でも愛している。
大切で愛おしいと言う想いは風化せず今もここにある。
「何もせず、後悔はしたくないんです」
重ねているわけではない。でも前世では出来なかった言えなかった伝えきれなかった想いを今度はちゃんと言いたいんだ。
「俺は我儘で欲深い男だから」
握り締めた右拳を自身の心臓部に当てる。
覚悟を決めろ。
弱いままではいられないのだから。
「………そう」
その一言だけを呟き彼は再度クッキーに手を伸ばし食べ始めた。
朝食の時間までまだ時間はある。
張り詰めていた空気は緩み、何事も無かったかのように時間が進んでいく。
ただ変わったのは燈火程だった覚悟の炎が燃え上がり、揺るぎ無く強固なものへと変化した事だけ。
橙色の瞳に同色の炎を燃やす子供の背中を騎士の二人はただ静かに見つめている。
まるで早く気付けと急かすように。




