第三十話
〜ルーチェ・ファウスト〜
私のお兄様は暖かくて優しくて、それでいてとても美しい人です。
お兄様と二人で行ったお茶会で、お兄様は私の事を案じて下さいました。
神の愛娘である事を周囲が知れば、その力を利用する者が出るだろうと、私を取り込もうと画策する者も出るかもしれない。
最悪、無理矢理連れさらわれるか或いは……と危惧してくださったお兄様は私の瞳の色を変える事で守ろうとして下さいました。
お父様もお母様もお兄様の話しを聞いて下さり、了承しその手の魔法が上手いと言うお母様に瞳の色を変えて頂きました。
「ルーチェの可愛さに目を奪われるのなら、ソイツは見る目がある。
しかし私の目の前から宝石を奪うのであれば、容赦なく潰します」
「………息の根が止まる程度にしておきなさい」
「はい」
お父様、それだと手遅れでは無いでしょうか???
お兄様とお父様の会話に
「あらあら、二人共仲良しね。妬けてしまいそう」
と楽しげに笑うお母様。
……お兄様がお目覚めになった日から、私達家族は家族としての形を取り戻しつつある。
でも私とアルバはお母様とお父様と向き合い言えていなかった言葉や想いを伝える事ができました。
それも全てお兄様のおかげだけれど、お兄様はお母様ともお父様とも余り会話をしない。
それにお兄様は目を覚まされてから一度も二人を読んだことがない。
私とアルバはお兄様に温かな言葉を貰いました。
温かな手で頭を撫でてくれて、美味しい料理を作ってくださいました。
凍えてしまっていた私達の心を溶かして抱き締めて下さいました。
助けて、下さいました。
でも私達はお兄様に何も返せていない。
アルバとお兄様に何かしようとしても、お兄様は私達が幸せならそれで良いのだと笑う。
笑っていても、お兄様の瞳の奥で泣いているようだった。諦めているようだった。
お父様もお母様も、勿論私達もお兄様は大切な家族なのに伝わっていないようだった……。
私達の幸せを願ってくれる貴方の幸せを願ってはいけないの?
お茶会では誰の目も気にせず友人のルナと沢山お話をしました。
目の色が違う事に驚いていたけど、頭の良い彼女はすぐにその理由を察し何時ものように話してくれました。
「素敵な色ね」
「お兄様とお揃いなの。アルバが狡いって」
「ふふふ、ルーチェのお兄様は素敵な人だもの。
私のお兄様とは大違い!」
「あら、お上手ね?」
私が神の愛娘だと知っても態度を変えないでいてくれた彼女。
そんな彼女との会話は楽しくて、時間が過ぎるのもあっという間だった。
「今度私の家でお茶会をしましょう?まだ話足りないもの」
「えぇ!なら私もルーチェを我が家のお茶会に誘うわね」
「約束ね」
お兄様が私達を頼ってくれる様にするにはどうしたらいいか。
お兄様の哀しげな諦めているかのような瞳に浮かぶソレを取り除くにはどうしたらいいかを聞いて様々な案を出してくれる私の友人。
また今度話そうと約束し、何も起こることなく楽しいお茶会は閉幕した。
お兄様は優しい。だからこそ危ういと思っていたけれど、あんな事になるなんて思ってもみなかった。
ヴァレリオ卿の提案でダンジョンでの訓練を行っていた帰りのことでした。
ダンジョンからお兄様が出た瞬間、目の前でお兄様は誰かに腕を取られ消えてしまいました。
余りにも一瞬の事で何も出来ずアルバと共にその場で動けずにいれば、ヴァレリオ卿に促されダンジョンから出ました。
でもそこにお兄様の姿はない。
「姉様……僕達はまた、兄さんを失うの………?」
手を繋ぎクシャリと泣き出しそうな顔で言うアルバに私は彼の手を握り返すことしか出来なかった。
「兄さんはまた、遠くに逝ってしまうの?」
「大丈夫。そうしない為に、私達がいるの」
ヴァレリオ卿に頼んでお兄様を探し出す為に捜索隊を組んでほしい事を頼めば、彼はすぐにと行動してくれた。
………その直後にお兄様は戻ってきてくれたけれど。
大丈夫だったの?と問いかける前に、お兄様は叫んだ。
「狙いはここじゃない!ファウスト家にいる二人だ!!」
お父様とお母様が何者かに狙われている。
そう叫んだお兄様は直ぐに魔法を行使し家に向かおうとしていました。
私達も行くと言っても、お兄様は自分が先に行くからと直ぐに駆け出してしまいました。
おいていかないで。
はなれないで。
伸ばした手は、声は、言葉は、兄には届かなかった。
行きよりは早いが、それでも遅い馬車に揺られ帰路につく。
そして馬車を降りた先に広がっていた光景にアルバと共に息を呑んだ。
人が倒れている。
家の中に、庭に、知らない人が沢山倒れている。
だが倒れているだけで、傷はあるも気を失っている者が殆どのようだった。
「なんで…」
兄がやったのだと直ぐに分かった。
何時も兄と手合わせをしているアルバは私より先に気付いていた。
「兄さん……!」
屋敷から兄の叫び声が聴こえた。手負いの獣のような、子や家族を傷付けられた獣の怒りに染まった咆哮のような叫び声が。
ヴァレリオ卿の静止の声を振り払い兄の元へ走った。
そしてその先で傷だらけの両親と、その両親に抱き締められた兄を見た。
部屋には矢張り気を失って倒れている者が多くいたけれど、そんなもの最早関係なかった。
兄はこの時、家族の中に自身を入れたのだ。
兄が怒りを露わにする時は、決まって私やアルバ、お父様やお母様、ヴァレリオ卿が傷付けられた時だけだった。
自分の事は二の次で、自分を襲ってきた相手でも怒りを見せない。
笑って許してしまうのだ。
誰かを守る為だけに力を付け振るう。
その心は穢れを知っても美しく大樹の様に太い。
でもその美しさが、私は怖い。
大樹の様に太くても脆いのだ。兄の心は。
その悲しみを辛さを苦しみを痛みを表に出さずに大樹の中に敷き詰めて隠す。
いつかそれが溢れ出し、兄が壊れてしまうのではないかと、私はずっと恐れている。
お兄様、おにい、どうか私達を見て。
守られているだけの雛ではないの。
私達も貴方の背を支えたいの。
共に戦い支え合い、そして今度こそ最後まで共に有りたいだけなの。
貴方の温もりを手放したくないの。
もっと頑張るから。
神の愛娘何て本当はなりたくなかった。
当時の何も知らない私は神の愛娘が貴方なら良かったのにと泣き叫んだ。
それを貴方は怒るわけでもなくただ一言、ごめんなとそう言った。
違うの。貴方は悪くないの。
寧ろ今思えば、私は神の愛娘で良かったと思えるようにもなったの。
偶に弱音は吐いてしまうけれど、それでも貴方を守れるかもしれない力だから。
投げ出さずにいれる。
ねぇ、もう少しだけ待っていて。
直ぐに貴方に追いつくから。




