第二十八話
剣術の指導を終え、自分の部屋で本を呼んでいると部屋の扉がノックされルーチェの声が聴こえてきた。
「お兄様!今日もご一緒してもよろしいですか?」
読んでいた本、この世界の事を書き記したソレを机に仕舞い扉を開く。
扉を開いた先には両手で分厚い本を抱えたルーチェがいた。
「勿論いいよ。今紅茶とお菓子を用意するから座っててくれ」
そう伝えれば途端に輝かんばかりの笑顔で笑うものだから、目が潰れるかと思った。
光と見間違えてしまいそうなほどの眩しさに悟られぬよう俺自身も笑みを浮かべることで誤魔化した。
ルーチェがソファに腰掛けたのを確認し、彼女の好きなアールグレイの紅茶を入れていく。
前もって作っていたクッキーをテーブルに並べていく。
最近はアルバとは手合わせを行いルーチェとは歴史や様々な本の知識を蓄え共に議論すると言う日々を過ごしている。
今日もルーチェのオススメか琴線に触れた本を持参して来たのだろう。
「ありがとうございます」
「今日は何をするんだ?」
「今日は神話についてです!」
「あれ、昨日もそれじゃなかったか?」
「確かに昨日も女神様のお話でしたが、今日は少し違います!
今日は神の愛娘についてです!」
「あぁ、あるほど」
抱えていた本をテーブルに置きページを捲っていくルーチェを対面のソファに腰を下ろし、紅茶を飲みながら眺める。
暫くその姿を眺めていれば目的のページを見付けたのか開いたページの一部を指差した。
「これです。神の愛娘。
神に愛され祝福された者を示す言葉で、自然の分身たる妖精の言葉を理解しその姿を見ることが出来る。
神の愛娘は光の魔力を持ち、厄災を払う力を持つ。
また神に愛された者は光の祝福を受けた金髪に大地を彩る草木を思わせる瞳を持つ」
神の愛娘について書かれた文を読むルーチェを眺めていれば、初めは笑みを浮かべていた顔が曇っていた。
「どうした?」
「………私は、本当に神の愛娘なのでしょうか」
「どうしてそう思うんだ?」
ルーチェが神の愛娘である事実は変わらない。
そうでなければこのゲームの世界は成り立たない。
それに髪も瞳の色も、光の魔力を持っているのも事実だ。
妖精と心を通わせ言葉を理解、会話しているのは見たことはないが……。
「髪や瞳の色もここに書かれている通りです。
妖精を見ることも会話をすることも出来ます。
光の魔力だってあります」
「なら、どうしてそう思ったんだ?」
「………私は、光の魔法を上手くは使えません。
厄災を払う様な光の魔法は、使えないんです………」
両手を膝下で強く握り締め俯くルーチェ。
その体を小さく縮める姿は、見ているこちらも胸が締め付けられるような、そんな悲壮感に駆られる。
「私はお兄様の様に剣術も強くありません。
アルバの様に魔法も上手くありません。
そんな私が、神の愛娘だとしても厄災を払うことなんて、出来ませんっ………!!」
叫ぶようにそう言った後に、ハッと勢いよく顔を上げたルーチェ。
言ってしまった言葉を、声に出してしまったソレを後悔するように顔を歪め、泣きそうに潤んだ瞳を隠すように唇を強く噛み再度顔を俯けてしまった。
「ルーチェ………」
初めて聴いた、ルーチェの想いや不安。
彼女はどれだけその苦しみを抱えていたのだろうか。
どれだけ苦しんで神の愛娘だという覆すことの出来ない事実にを抱えその重さを抱えていたのだろうか。
「おいで」
ルーチェの隣に移動し両手を開き呼べば、ルーチェは一瞬顔を上げ腕の中に飛び込んで来た。
グリグリと額を押し付けるルーチェを抱き締め、髪型を崩さないように注意しながらその頭を撫でる。
俺にはそれしかしてやれない。
だって俺には光の魔力も無ければ妖精の姿を見ることも言葉を理解することも出来ない。
そもそもこの世界のイレギュラーでしか無い俺は、この世界の主人公でありヒロインである彼女を、ストーリーから開放してやることは出来ない。
只のモブでしか無い俺は、彼女を攻略対象キャラのフラグからは離れさせる事が出来たとしても、ストーリーからだけは、恐らく本当の意味での開放は出来ない。
「ごめんな、ルーチェ。
今まで気付いてやれなくて。
妹の苦しみに気付いてやれないなんて、俺は兄失格だな」
「そんな事ありません!だってお兄様は何時だって私やアルバの事を考えてくれます!大切に想ってくれて愛してくれています!!
………お兄様が、私達の為に毎日ヴァレリオ卿と遅くまで鍛錬を行っていることも知っています。
そんな優しくて思い遣りのあるお兄様が失格だなんて、例えお兄様本人であっても言わないで下さい!!」
あぁ、泣かせてしまった。
大粒の涙を溢し見上げるルーチェは眉を吊り上げ怒っていた。
「お兄様は、私達の自慢なんです」
「……ありがとう、ルーチェ。
俺もルーチェとアルバの兄になれて良かったと心の底からそう思うよ」
先よりも強く額を押し当てるルーチェ。
「なぁルーチェ。可愛くて愛おしい俺の大切な妹。
俺はルーチェ厄災を払う力を持っていなくても構わないよ?」
「でも、もし厄災が襲ってきたら?その時私に力がなければ世界は……」
「たった一人の女の子に世界の命運を背負わせ厄災と戦わせる世界なんて滅んでしまえば良いんだ。
………でも、ルーチェは厄災が現れたら皆のために戦うんだろう?」
「それが出来るのは私だけです。
それに私は、私の力不足で家族を、お兄様を失いたくはありません。
皆で楽しいことをして笑っていたいんです」
「だからってルーチェ一人で厄災と戦う気なのか?」
「厄災は神の愛娘だけが払えるのでしょう?」
不思議そうに小首を傾げるルーチェに笑みを溢し、テーブルに置いてある本を取る。
「神の愛娘は厄災を払う力を持つ。
でも、神の愛娘一人が戦うとは書いてないだろう?」
「それはそうですが………」
「神の愛娘は厄災を払える。それは決まっている事だけれど、神の愛娘だけが厄災を払えるとは書かれていないだろう?」
ただの言葉遊びだとは分かっている。
でも、少しでもルーチェの心を支えてやりたかった。
その小さな身体を押し潰そうとする重圧を、少しでも取り除いてやりたかった。
「ルーチェ一人を厄災と戦わせる気はないぞ?
その時が来れば、例えルーチェが離れようとしても捕まえて一緒に戦うよ。
兄ちゃんはルーチェもアルバも大好きで欲張りだからな。
厄災なんてぶっ飛ばして、父さんや母さんも一緒に家族五人で生きるんだ」
だから、一人で抱え込まなくて良いんだよ?
そう言えば涙を溢し更に泣き出してしまったルーチェを話さないと言わんばかりに抱き締める。
大丈夫。大丈夫だからな。
少しでもこの想いが伝わるように、頭を撫で続ける。
「ありがとうございます。お兄様」
泣き疲れたのか眠ってしまったルーチェに、ブランケットとタオルを持ってこようとしたが服を握られ動くことが出来なかった。
手はそのままに俺の上着を掛け、頭を膝に置いて寝かせる。
「おやすみ、ルーチェ」
怖いものは兄ちゃんが追い払うから、今は安心して眠りなさい。




