第十九話
音が段々と近付いてくる。
そしてその場所に近付くに連れて物の焼ける匂いや鉄臭さも強くなってきている。
急げ、急げ急げ急げ急げっ!!!
父の執務室。そこに二人と、敵がいる。
勢いよく執務室の扉を叩き壊す勢いで開けば、目前に広がった光景に怒りでどうにかなってしまいそうだった。
父が血を流していた。
剣を握り肩で息をして母を護ろうとしていた。
母が涙を流していた。
父の助けようと杖も無しに魔法を使ったらしい母の手は皮膚が裂け血が流れていた。
「どうして……」
呆然と父がそう呟いた。
父の背後で母も俺を見て息を飲んだ。
「あん?何でこの餓鬼がここにいやがんだ?」
「予定が狂ったか情報が漏れたか……チッ、使えねぇ駒しかいねぇのかよ」
「でもまぁ良いだろう。この餓鬼も死なせない程度で相手してやれ」
父と母から俺を遮るように武器を構えた有象無象の輩が二人の姿を遮る。
弱者を甚振ることに快楽にも似た何かを感じているのか興奮気味に血走った目を向けてくる。
「………せぇ」
「安心しな坊っちゃん。殺しゃあしねぇよ」
「そうそう、少ーし痛い思いをするだけだぜ」
「「「「「「ギャハハハ!!!」」」」」
こちらを嘲笑う声が何重にも重なって聴こえる。
だが今の俺に取ってはそんなもの、どうだって良かった。
「………まれ」
「怖くて声も出せないってか?!貴族のお坊ちゃんだからこんな事になるなんて思ったこともなかっただろ」
重なる。
血だらけになって傷付けられ倒れた、護れなかった前世の両親と。
重なる。
何も出来ず、ただ奪われるだけだったあの日の俺と。
重なる。
両親を襲った犯人を逮捕した時に奴が見せた笑みと目前の敵の姿が。
重なった。
「ビビって震えて……がぁっ?!!」
近付いてきた一人を蹴り倒す。
横腹に蹴り入れた男の体からは、人体からなって良いのかと不安になる音が鳴った。
………だけどそんな事、今の俺には関係なかった。
「うるせぇ……、黙れよ」
殺してはいない。今ここえ死なせてはいけない。
自身の罪を悔い改めさせるまで、殺しはしないさ。
「餓鬼だからって甘く見るな!そいつはっ…………!!」
恐らく連中の纏め役か何かなのだろう奴が叫ぶが、下に見ていた子供に予想打にもしなかった反撃をされ頭に血が登った連中にその声は届かない。
「糞餓鬼がぁっ!!」
そうだ俺を見ろ。
「餓鬼を潰せ!腕の一本や二本問題無い!」
俺だけを見て、俺だけに武器を、魔法を打ってこい。
斬撃を剣で受け流し蹴りを入れる。
魔法を切り裂き、又は魔法で相殺する。
武器も魔法も自分の体も余すこと無く使って戦う。
「おい!回復役!早く回復させろ!!」
「させねぇよ?」
回復役と呼ばれた奴に肉薄し溝尾を抉るようにして拳を叩き入れる。
一瞬のうちに白目を剝き意識を落とした回復役よ床に転がす。
怒りに任せ我武者羅に攻撃を繰り返す連中も同様に床に転がしていく。
「大人しくしろ!言うことを聴かねぇとコイツを殺すぞ?!」
いつの間にいたのか、床に膝を着く父の首に鈍く光る剣が突き付けられていた。
母は魔力不足のせいで青白い顔で床に倒れ苦しげに父を見上げ、俺を見ている。
「武器を捨てろ。下手な真似すればコイツを殺す」
父の首に突き付けられた剣で薄皮が斬れ、また血が流れた。
披露が滲みながらも未だ諦めない強い父の目と目が合った。
武器を捨てるな。
自分の無事だけを考えろ。
言葉にせずとも目でそう訴えかけてくる父に俺は_____薄く口角を上げ笑ってみせた。
それを見た父と、こちらを見ていた母は目を見開き絶望と言う言葉が合う表情に変わった。
それを見た敵は自身の勝利を確信した様に笑みを浮かべた。
剣を床に放り投げ片手を持ち上げる。
魔法を使うための媒体もない為、魔法は打てないと思っている敵は片手を持ち上げる行為に訝しげな顔になった。
親指を持ち上げ人差し指以外を握り締め敵に向ける。
簡単に言えば指鉄砲の形だ。
「バーン」
そう声に出した瞬間、見えない空気の弾が指先から放たれ敵の腕を撃ち抜いた。
「ギャァァァァァッ!!!!?」
痛みに剣を放り投げ痛みで床に転がる男に近寄り、溝尾に一撃入れ意識を刈り取る。
「最後はお前だ」
「…………まさかここまでとはな。
所詮雑魚の寄せ集めか」
フードを目深に被った纏め役はそう呟いた後に懐から水晶のような物を取り出した。
「撤退しよう」
「させるかよ」
「またいつか会うだろう。それまで束の間の幸福に浸っているんだな」
水晶を床に投げつけると同時に魔法を放つも、水晶は転移用のマジックアイテムだったのだろう。
割れた水晶は眩い閃光を放ち、光が収まった先にはフードの男の姿はなく逃げられたのだと分かった。
逃したのは悔しいが、今は両親の手当が最優先だ。
床に伸びている連中を避けながら二人に近付く。
「あっ……」
だがそこで気付いてしまった。
誰も殺していないとは言え、少なからず俺自身も傷を追い敵の血を浴びて汚れてしまっていると。
こんな手では、触れられない。二人を汚すわけにはいかない。
伸ばしかけた手を再度自身の元に戻そうとすると、逆にその手を捕まれ強く引き寄せられてしまった。
「馬鹿者!何故こんな無茶をしたんだ!何かあってからでは遅いんだぞっ?!」
強く抱き締められた。
苦しいくらい、まるで俺がここにいるのを確かめるみたいに強く抱き締められた。
「無事で、良かったッ………!!」
「本当にルイが無事で良かった……」
父の手で抱き起こされた母からも頭を優しく撫でられた。
「どうして…?何で泣いてるの」
どうして二人が泣いているのか分からなかった。
二人にとって俺は只の生意気な餓鬼でしか無い筈なのに。
俺が勝手に二人を親と重ねてただけなのに。
二人は俺に、欠片の興味も無いと思っていたのに。
「お前も、ルイーナも私達の大切な息子だからだよ」
「恨んでるでしょう。都合のいい話なのは分かっているけど、私達を親と認めなくてもいいの。
でもどうか貴方を大切に思う事だけは、許してほしいの」
………信じられなかった。
俺の方が二人に恨まれていると思っていたのに、こんな俺を息子だと思ってくれるの?
「とうさま…かあさま…?」
そう小さく呟けば二人は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに泣きそうな、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
この時、俺は本当にここの家族として迎え入れられたのだと、ここに居て良いのだと言われたような気がした。