第百六十一話
投稿をお休みしてしまいました。
待っていてくださった方は申し訳ありません。
作者が手を怪我してしまい動かせない状況となってしまいました。
回復まで時間が必要のため、投稿がちょくちょく止まってしまうと思います。
彼等彼女等の物語を今後ともお楽しみ頂ければ幸いです。
だが、己はかの男を多少ではあるが見誤っていたようだった。
ただの甘ったれで噂に溺れただけの、噂に尾びれが付いただけで大した事のない奴だと思っていた。
男、ルイーナ・ファウストは結果的に言えば普通の当主争いに負けた貴族の長男等では無かった。
なのに奴は他の落ちぶれた連中の様に絶望に染まることも身を隠すこともせずに堂々と表を歩いている。
…………それが何よりも腹立たしかった。
他の連中は皆そうだったのに男だけは違った。
貴族として一生付いて回るレッテルをものともせずに、背筋を伸ばし平然としている。
その姿に誰もが目を奪われ羨望の眼差しを向ける。
実際に対面した時も男は背筋を伸ばし当たり前の様に平然としていた。
それどころか大人しく話を聞いていたかと思えば目上の己の許可もなく視界を遮り口を開き、剰え口答えまでしてきた。
心底不愉快ではあるが、男の見目は己の次には美しいだろう。
立場を理解し純情であれば己の隣を歩くことを許すくらいには。
でも違う。
己が感じていた不快感はそれだけが原因では無かった。
初めの印象は大人しそうな気弱な男。
そんな男に自身の立場を分からせるため、明確な差を教えてやろうと声を掛けてやれば先まで静かにそして大人しく聞く男にあぁ簡単に下せるなと思った。
同時に反抗的な目を向けてくるアルバ・ファウストとルーチェ・ファウストにも兄と同じ様に己に下そうと標的を移した。
標的を移しその反抗的な心を砕いてやろうと言葉を投げ付ける。
そうすると慣れてい無いのだろう。
途端に苦痛に顔を歪めるのだから、愉悦にニヤけてしまう。
あと少し、もう少しで柔い心を砕けるだろうとその手の言葉に素直に顔を俯かせ弱っていく二人に最後の一手を打とうとした時に奴は動いた。
恨んでも憎んでもいい、次期当主の座を奪った弟と神の愛娘としての強大な力を持つ妹を守るように背後に庇ったのだ。
それどころか己に対して牙を向いたのだ。
あり得ない。
普通なら男は己に対し媚び諂い、そして弟を陥れ自身が当主の座に座れるように動くはずだと思っていた。
実際に男と似たような立場となった者達は皆そうして地位を確定させたのだから。
自身の邪魔となる者を庇うなど、今までそんな事をした馬鹿は見たことが無かった。
平然と、それが当たり前のことの様に男は動いた。
親兄弟も蹴落として自身の欲望のままに動いていた連中と男は全くの別物であった。
………だがその目。
先までは己に対して微塵の興味もないといった無機質だった目に穏やかな青年だと周囲が言っていたものとは正反対の、暗くドロドロとした敵意を向けてきたその目。
ゾクリと背筋が粟立つ。
別に恐怖を覚えた訳では無い。
その逆で、己はルイーナ・ファウストという男に興味が出てきた。
上手く貼り付けられた分厚い仮面の下を暴いてやりたいと、そう思った。
だからこそ、己はルイーナの変化を楽しむために奴がその身の内に飼う黒いものを見て感じたくて更に口を開いた。
幸いと言うか怒りに身を任せ罵声をとばす連中は見飽きている。
似たようなことをするのも難しくはない。
もう男に周囲は見えていなかった。
ただ一人、ルイーナだけを視界に収め仮面の下を暴きたいという欲だけが男を動かしていた。