第百六十話
「第一に俺の弟妹を不快な目で見るのをやめろ。
仮にも貴族の端くれであれば自身の感情を表に出さないようにすべきだろう。
他国との外交でも他の貴族との交渉や話し合いの席でもその様に明け透けな感情を見せれば相手によっては国際問題足り得る。
それに欲に塗れた目は真実を覆い隠し自身に都合の良いものしかうつさなくなる。
………もう手遅れのようだがな」
男にとってルイーナ・ファウストはこうして実際に会う前から気に入らない存在だった。
その男はとても美しい。
その男は剣術に長けている。
その男は国を救った英雄である。
その男は神の使いである。
その男は王を支え国を守護する者である。
そんな噂が貴族の間では広まっていた。
ルイーナ・ファウストの話が上がるまで、話の中心にいたのは己であった。
王太子殿下の護衛を務める程に武術に長けていると。
宰相である父の様に聡明だと。
生まれ持った才能そ誰もが羨む美貌を誰もが尊敬し敬っていた。
変わること等無いと思っていたその場所に、ルイーナ・ファウストは入ってきた。
ポッと出のその男は己から何もかも奪っていった。
周囲の期待も尊敬も何もかも、たった一日だ。
国に厄災が起こったその日から、ルイーナ・ファウストは話題の中心となった。
当主争いに負けたくせに。
長男という家を継ぐことが確定した地位から落とされたくせに。
騎士団長と副団長さえも膝を折り忠誠を誓ったという。
厄災の元凶を退け国を救ったと、だからこそ傷を負い屋敷で治療を受けているのだと。
彼こそが英雄だと人は言った。
彼こそが女神が遣わした人間なのだと。
ファウスト家の長女は神の愛娘。
その神の愛娘を護るためにルイーナ・ファウストは厄災を退ける力を持っているのだと。
ならば弟はどうか。
弟であれば次期当主となるが、それ以外何の取り柄もないと言えば違った。
その弟でさえもルイーナ・ファウストほどではないが注目されつつあった。
曰く、彼は過去の大魔法使いの生まれ変わりだと。
膨大な魔力を持ち、その魔力を操ることさえも簡単にやってのける。
その力は過去の大魔法使いと同等かそれ以上。
国を守護する役目を担うファウスト家の当主に相応しいと誰もが口を揃える。
所詮は噂だ。
初めは興味など無かったのに、いつか消えると思っていたのに話はどんどんと大きく膨れ上がり遂には誰も己の話をしなくなった。
それどころか己とファウスト家の者のどちらが王の側に相応しいか、国を支えていくに相応しいかと話しそして己よりもファウスト家の者を持ち上げ彼こそが彼等こそが相応しいと口を揃えたのだ。
今の今まで己を支持していた者達の掌を返す言い草に腹がたつと同時にファウスト家の二人を憎んだ。
憎んで憎んで憎んで、ならば上手く使ってやろうと思った。
自分達の立場を分からせ下せば、周囲はまた己を支持すると思ったからだ。
だからこそファウスト家に向かった王太子をわざと見逃した。
王太子の前で、そして他の貴族連中に対して己のほうが上なのだと知らしめ見せ付けるために。