第百五十八話
多少の小言や苦言はあるだろうとはルイーナ自身予感はしていたのだ。
だが実際にはどうだろうか。
目の前にいる男はその目に己の欲を溢れさせ隠そうともしない。
男の全身から不快感が漂う。
「………ファウスト家は大変ですな?
ラウル様の苦労も分かります。
当主にもなれない長男に当主の器とはいい難い次男。
お二人はお父上であるラウル様に感謝すべきですよ?
私ならそんなお荷物でしか無い、同じ人間とは思えない者等邪魔でしか無い」
それとも別の点で使いようがあるんですかね?と気色の悪い笑みともいい難い表情を浮かべる男の口数は減らないどころか増えるばかり。
周囲の視線も心地よいと言わんばかり。
その視線の理由が己の醜悪さを曝け出しているからだとは露とも思わず、男は注目されている事に高揚感を覚えるのか、口先だけであったそれは大袈裟な身振り手振りを交えて男は話し続ける。
「我が家門は代々王を支えてきた家門です。
ファウスト家も歴史はありますが、我が家門には劣りますねぇ?
それに私は王太子殿下の護衛でもあります。
貴方方とは違い選ばれた側の人間なんですよ
まぁルーチェ嬢は別ですよ?貴女様は私と同じ選ばれた側の…………」
「やめろ。これ以上恥を晒す気か」
「恥……ですか?
恥なんて晒していませんよ。
私は親切で彼等の立場を教えているだけなのですから」
男のいいように耐えきれなくなったオスカーが男を睨みつけ声を荒げるも聞く耳も持たず。
それどころかオスカーが自分に対しそんな事を言うのはこの言葉の意味を理解せずこの場に留まるお前らのせいだと言わんばかりに眉尻を釣り上げた。
「ほら、こうして王太子殿下を不快にさせているというのに……、気の利かないのはコレだから」
「……………うるさいなぁ」
「はぁ?」
「いや、よく喚く煩い口だなぁと」
だが男が愉しげに話すその場でポツリと零された言葉は異様に響いた。
その言葉を溢した本人、ルイーナに男は何を言っているんだと顔を顰めた。
「聞き間違いかな?煩いなんて、よもや私に言ったわけでは」
「お前だよ」
間髪入れずに答えたルイーナに、男は今度こそその顔を怒りに染め上げた。
それもそうだろう。
家柄としては近しくも個人としてルイーナと男の立場は明確な差があるのだ。
男は王太子の護衛を務めている。
それに対しルイーナは長男でありながらファウスト家の次期当主になれないただの貴族の学生。
だからこそこうして自身に対して対等かそれ以上かの様に話すルイーナは気に入ら無かったのだ。
「きっ、貴様!誰に向かって口を聞いているのか分かってるのか?!
私は王太子殿下の護衛を努める程にお前との立場というものが…………」
「興味ない。
そもそもお前の事など知りたくもない」
周囲の空気がざわめく。
特に再度前に進み出たルイーナによってアルバやルーチェと同様に彼の背後に隠されたオスカーからも驚いた様な気配がヒシヒシと感じられた。
オスカーにとってルイーナは穏やかを体現した様な存在だった。
人に寄り添い温もりを与えてくれる、そんな存在。
だが今のルイーナからはその一欠片も感じられなかった。
氷の様な芯まで凍らせる様な絶対零度の如き冷たさ。
吐き出された言葉の節々からルイーナが男に対して言葉通り興味が無いと心の底から思っていると分かるほどの淡々とした口調。
…………まるで別人のようになった彼に、オスカーは自身の腕を握り締め震えそうになる身体を押さえつけた。