第百五十六話
俺は彼に王太子としての責務を求める側の人間だ。
ヒロインのように彼に接する事は出来ない。
そもそも、俺は陰だ。もしもこの先を生きれるのであれば俺は王の座に座った彼に使える側の人間になる存在だ。
だから俺は彼を普通の子供にはしてやれない。
ヒロインのように接する事は出来ない。
「君はこの国の王太子なんだ」
ごめんね。
君が俺を慕ってくれるのは、初めてヒロインと出会うあの茶会の席で君に会ったのが俺だったから。
本来であればソレはヒロインに向けられた感情であったはずなんだ。
俺にとってはヒロインに執着するような事にならなかったからある意味では俺自身の目的を達成したと言える。
だがそれは君を救える存在を奪った事と同義だ。
俺はヒロイン、ルーチェのように優しくない。
彼女のように何も求めずにいる様な存在にはなれない。
「君は、君の責務を果たさなければならない」
きっと、この言葉は彼の信頼を裏切るようなものだろう。
そして彼をまた縛るのだろう。
顔を俯かせるオスカーに、俺はまた押し付ける。
彼のあり方を。彼の進む道を強要するのだ。
「ルイーナは」
それまで俯いていたオスカーが顔を上げ俺を見た。
「………!」
何故そんな目で俺を見るのだ。
オスカーの瞳に映るのは失望の色だと思っていた。
だと言うのに、彼がその瞳に乗せた色はそれとは真逆のものであった。
「ルイーナは俺を心配してくれるの?」
「…………それは、当たり前だろう」
「なら、俺は幸せ者だ。
心配を掛けて済まない。
一緒の学園に行けると言うことに浮かれていた」
安心したかのように柔らかな笑みを浮かべて、彼は俺を見ている。
どうにも、この世界に来てから。
いや、あの夢から覚めてからと言うもの俺は彼等が分からなくなっていた。
何故そんな顔が出来るのか。
何故そんな目を向けるのか。
俺は俺のために彼等を利用している。
だから感情は邪魔でしか無い。
今もこうして彼に対して彼のあり方を否定する様な事を言ったのに、何故そんな顔が出来るのかが分からない。
その瞳に失望といった負の感情はない。
それとは真逆の安心等といった正の感情を乗せれるのか。
分からない。
理解出来ない。
………………まぁ、俺には関係ないか。
その感情を向けられたとしても返すものはなにもない。
何もなければ、そんなモノを向けることも無くなるだろう。
「お兄様?」
「兄様?」
「ルイーナ?」
「………何かな」
「いえ、今一瞬だけ…………」
兄様の目が、黒く見えたような気がして。
気の所為でした。と言うルーチェに未だ不安げに見るアルバとオスカー。
目の色が変わった、か。
「多分雲に日が隠れたからそう見えたんだよ。
それじゃあ、今日は仕方ないとして明日からは護衛を付けて来るんだよ」
「………一緒に行ってくれるのか?」
「うん?護衛を付けてくれれば他には何も言わないよ。
何も君の全てを縛ろうとしてるわけじゃ無いからね」
流石にもう二度と来るなとは言えないだろう。
彼の行動は陛下にも伝わる。
陰としては主の大切を護る責務がある。
それにシナリオが変わって今度は彼が闇落ちしましたとなったら笑えない。
先のもある意味賭けだったのだから、これ以上の危険は犯せないしな。
ルーチェとアルバの頭を撫で、最後にオスカーを見て行こうと声をかける。
恐らく今日か明日、近い内に起こるであろう出来事を思い浮かべながら。