第百五十五話
「おはよう!ルイーナ!!」
「お、おはよう………ございます、殿下」
「む………、名前で呼ぶ約束だろう?それと敬語も無しって言った」
「あ、あははは………。そうだったね。
でも、何でここに………。それに護衛も何も連れずに」
翌日、三人で一緒に学園に行こうと家を出た先でいるはずのない存在が手を降っていた。
王太子であり、この国の重要人物であるはずの男が護衛の一人も側に置かずに家の門近くで待っているなんて誰が想像出来ただろうか。
「護衛は、今日は体調が悪いみたいなので……休んでもらったんだ」
「………あぁ」
モゴモゴと口籠りつつ目線を逸らされ放たれた言葉に、ルイーナは察した。
…………察して、しまった。
「何も言わずに来たね?」
「うッ、だって友と行くと言ったら危険だって話を聞いてくれなくて」
外れて欲しかったものに限って当たってしまうのだなと半ば現実から目を反らしたくなったルイーナだったが、不安気に己を見る愛しい弟妹達と王太子で友である男に小さく溜息を溢し向き直った。
王太子と言っても彼はまだ子供だ。
ならば諭すのも大人の役目だろう。
まぁそんな事を思ってしまう己自身も今は子供の身ではあるのだが、それは一先ず棚に上げておこう。
それに今後の事も考えて勝手な行動をされた場合、こちらに何かしらの目が向けられるのは避けたいからな。
「オスカー、危険だと言ったその護衛達は君の身を案じて言ったということは分かってるね?」
「……うん」
うんって…。この年頃の子供でここまで素直なのは珍しいんじゃないだろうか。
ルーチェやアルバも素直でいい子ではあるが、それは家族であり身近な者であり二人の兄である事の効果もあるんだと思う。
だが目の前にいる彼は年は下でも立場的には己よりも上の存在だ。
こうやって説教じみたこと等するのは不敬であると言われても何ら不思議ではない。
それでもこうして素直に自身の過ち……という程ではないが受け入れると言う事は彼自身が城でただ護られていただけの者ではないということの証明といえよう。
「君はこの国にとって大切な存在だ。もしもの事があったら陛下もそしてこの国の民も悲しむ」
だからこそ、この言葉の意味を理解出来ない訳が無い。彼にとってこの言葉は彼自身を縛るものだと思う。
誰だって自由を縛られるのは苦痛でしか無いのだから。
けれども、彼の立場が彼を普通の子供には出来ない。
この国の王太子。そして次期国王となり民を導く者となるものだ。
その背に乗せられた重りの重さは計り知れない。
彼がそれを手放したくとも出来ないそれは最早呪いの様なものなのだろうな。
そして俺もまた、彼にその重りを押し付けるのだ。
ゲームのシナリオの中で彼がヒロインに惹かれたのは、それもあるのかも知れない。
ヒロインは彼に何も求めなかった。
王太子である彼に、王太子としての責務を強要しなかった。
ただの普通の、同じ学園に通う友人として接していた気がする。
だから彼は彼女に惹かれ、そして欲したのだろうな。
自分が自分であるために。
己を知りそれでも普通に話して、笑って、ありのままの裏表のない彼女を。
だから今の俺の言葉はきっと、彼を苦しめるものなのだろうな。