第百五十二話
「契約だか何だかは知りませんが、相手の同意なしに行われた契約は無効です」
息を整え、転げ落ちた体制から身体を起こしベットの縁に顎を乗せゆるりと見遣る彼へとそう声を掛ければ、ルイーナ様が聞かないんじゃないですかーと不満を口にする精鋭。
はぁと溜息を溢し、ルイーナは先まで暴れたせいで止り木へと避難していた彼女へ謝罪の言葉とともに手招いた。
そうすればバサリと羽音をたてて差し出した腕に器用に止まるレディ。
「だいたい、何でそんなに気にかけるんですか」
レディの柔らかな羽を撫でながら、精鋭の彼には目を向けずに放たれた言葉はルイーナがどうしても理解できなかったことだった。
ルイーナの目的は今世の弟妹と家族、そして友を守り全員が笑って幸せに過ごせる未来を掴む事だ。
この世界での悪役もヒロインも、彼が知るシナリオ通りにさせない事だ。
その為なら己の身体がどうなろうとも関係はないと思えるほどに、その願いは燻る事無く今もこの胸にある。
「気にかけてくれるのは、心配してくれるのは感謝してます。
けれど、彼等といい貴方といい少し度が過ぎるんじゃないですか?
…………何も返すものも無いので正直困ります」
あの元騎士の二人も目の前の精鋭の彼も彼の上司である彼もルイーナを慕ってくれている。
確かに初めは心強かった。
仲間が、味方がいることが嬉しかった。
だがあの夢を見てそれは間違いなんじゃないかと思った。
だってルイーナには彼等の信頼に対して返すものがないのだから。
ルイーナ自身だって彼等を頼りにしているし信頼もしている。
けれどもルイーナは、最後には彼等をおいていく。
おいていかねばならない。
「それはルイーナ様と一緒にいてメリットが無いってことですか?」
「事実そうでしょう?」
「んー、あの元騎士の二人は知りませんけど俺にはちゃーんとメリットがありますよ?」
「へぇ……?それはどんな?」
噛み殺したような笑い声を溢しながらそう言葉にする精鋭の彼に思わず避けていた目を向けた。
メリットがあると彼は言った。
ルイーナといることであるメリットなど想像もつかないソレに興味を唆られた。
「俺が、ルイーナ様を利用してるって言ったらどう思います?」
「………利用?」
「ルイーナ様に近付いたのは俺が俺の目的を達成するためですよ?
この目と同じ様に俺はルイーナ様を利用しています。
だから今更離れられても困るんですよ」
心底面白そうな、弓形に歪んだ笑みとねっとりと纏わりつくような声だった。
今まで聞いたことも見たこともないものだった。
「幻滅しました?」
ニヤニヤと人をからかうような、それこそ不思議の国に迷い込んだアリスをからかうチェシャ猫のようで、精鋭の彼は愉しそうだ。
けれどそんな彼にルイーナは幻滅などしなかった。
寧ろ安堵すら感じた程だ。
見返りを求めないものより恐ろしい関係はない。
親や恋人、親しい間柄であっても何かしら相手に求めるものがあるのだから。
利用してると本人を目の前に言った精鋭の彼の言葉に嘘や偽りなど感じられなかった。
その目的とやらの為に利用してると言った彼の纏う雰囲気は普段のそれよりも鋭く、こちらを喰い殺さんばかりの殺気にも等しいものを感じたほどであったから。