第百五十話
「いいですよ」
先のように何でもないかのように彼は応えた。
「その時が来たら、俺はルイーナ様を殺します」
淡々と告げられた言葉に溜息を零す。
彼は殺せると言うが、それはただこの場凌ぎの言葉のなのだろう。
何故そう思うのか?簡単だ。だってこれは所詮言葉での約束事でしかないのだ。
今ここではそう言えても、もしもその場面に出くわしたのであれば優しい彼は助けようとするだろう。
だからそれでは困るんだ。
だって彼は連れていけないし、それ以前に連れていきたくない。
「その顔は信じてないでしょう」
「そんな事無いですよ」
信じられるわけ無いだろう。
だって言葉は残らない。
何も証拠が残るわけでな無いのだから、そんな約束はしていないと言ったらそれまで。
証拠がなければ、証明するものがなければ信用には値しない。
「なら契約をしましょう」
「アハハ、書面にでも残しますか?
そんな事しなくても信じますよ」
言葉で信じられないならモノとして残そうと言うのか。
そうだとしても意味は無いと言うのに。
ソレは確かに一時凌ぎの、それこそこの場を流すにはもってこいだろう。
先は証拠や証明が無ければ信じられないといったが、例え何かしらのモノを残したとしても無意味でしか無い。
その状況に置かれた場合でも体は動く。
体が動くと言うことは、ソレに抗えると言うことだ。
兎に角、彼の言葉の全てが信じられないのだ。
今この場において信じられるのは己のみ。
そこは誰も入ることは出来ない。入れることは出来ないのだ。
「嘘つき」
「____はい?」
「そんな目で言われても説得力無いですよ」
いっそ清々しいまでの笑みをその口元に浮かべながら返って来た応えは想像とは違うものであった。
取り敢えず起きようとした体は再度ベットへと他ならない精鋭の彼の手によって押し返され阻まれた。
「そんなに信じられないなら契約しましょうよ」
「だから、そんなモノ無くても信じますよ?」
軽く肩に手を当てられているだけなのに、全く動かない。
まるで金縛りにでもあったかのような感じがする。
「またそんな分かりやすい嘘を付いて………。
言葉も信じられないモノを残しても信じられない。
なら言葉でもモノでも、ソレ以上に分かりやすい契約を俺としましょう?簡単ですよ?
簡単だけど、これ以上に固い契約、縛りは無いと思いますけど」
仕方のない、駄々をこねる子供の相手をするかのような彼に柄にもなくムッとしてしまう。
確かに信じていはいないが、こうも簡単に見破られては面白くない。
そもそも何でバレたのだろうか?
顔も普段と同じはずだ。
何もかもが普段通り。違うのは俺自身が彼を拒んでいるという点のみ。
ただこちらの心境の変化を敏感に感じ取ったとでも言うのだろうか。
彼とはただの上司を俺が知り合いで、偶に会えば会話し稀に遊ぶ様な友人に近いものだとは思っている。
後はあの夢を見る前には彼を兄のようだと思っていたことくらいだろうか。
いや、今も思ってはいるがそのカテゴライズに彼を入れてはいけない。
兄として友として彼は尊敬しているし大切だ。
だからこそこれ以上の深入りはしてほしくない。
これ以上俺の内に彼を入れては、手放せなくなってしまう。
これ以上の大切は手に余る。
まだ彼を手放すことは可能だ。まだ、まだ間に合うのだから。
だから、だから今はこのまま何でもいいから離れて欲しい。
「元騎士のあの二人は貴方に忠誠の儀式をしましたよね?
でも、貴方はそれの解呪方法を知っている。
そして元に今も彼等が気付いていないだけで、その繋がりはピンと張った糸よりも容易く切れるものだ」
「…………そんな事何で知ってるんですか?
でも残念。俺はそれの解呪方法は知らないですよ?」
「それも嘘ですね。
ルイーナ様は知れないでしょうけど、俺はその手のモノはよく見えるんです」
まぁこの目は借り物ですけどね?と小首を傾げ戯けて見せた青年の長い前髪の隙間から、艶やかな紅色が覗いて見えた気がした。