第百四十八話
何でどうしてと声が聞こえる。
耳を塞いでも何も見ないように蹲っても声はそれさえもお構いなしにジワジワと這い上がり首を閉める。
その時だ。
ふと感じたことのある温かさを感じたのは。
「…………レディ?」
その温かさに抱えていた頭をあげた。
そうすれば自身に寄り添うように、ふわりと暖かな風と共に肩に僅かな重みを感じた。
目には何も映らない。けれども確かにそこに彼女が居る気がした。
彼女が側にいてくれる。それだけで重苦しかった空気が軽くなった気がした。
それだけではない。
肩だけではなく、支えるように寄り添うような温かさ。
彼女よりも大きくそして同じくらい安心感が冷えた体を包み込んだ。
あんなに寒かったのに、怖くて苦しかったはずなのにその全てが飛散した。
そうすれば落ちかけていた思考も鮮明になり、家族の姿をしたナニカの声も聞こえなくなっていた。
だからだろう。その温もりに背を押されるようにハッキリとソレらを見据えて声を出せたのは。
思いを、ちゃんと言葉に出来たのは。
「確かに俺には力がない」
「何も出来ない」
「家族を危険に晒した。傷つく前に助けられなかった」
「でも………」
今なら言える。
どれだけの後悔を抱えても、それでも人は前にしか進めないのだから。
本来なら二度目がないことも分かってる。
でも俺がこうして前の記憶を持ったままこの世界に来たのは、同じ思いをしないように。
後悔を掬い上げ、あの時掴めなかった家族が笑い合っている姿を見るためだと。
何も出来ないままで終わるのではなく、意地汚くも生き足掻くためだと。
そう思うのだ。
「今度こそ、今度こそ家族の幸せを護るよ」
「もう奪わせない」
「もう壊させない」
あの時した約束をもう一度。
たとえその場に俺がいないとしても。
「護って見せる」
消すんじゃない。
自分の弱さも醜さも何もかも受け入れよう。
後悔も全部飲み干して、糧として生きよう。
自己満足?それでもいいさ。
それが俺だ。
それが白影東として生きて、今のルイーナ・ファウストの生き方だ。
後ろ指さされようが憎まれ恨まれようが、俺はその生き方しか出来ないのだから。
その生き方しか知らないのだから。
「今度は、ちゃんと消えるから」
だから今はまだそこで待っててほしい。
「次は、ちゃんとそっちにいくから」
近い将来、俺は君達の所にいくのだから。
「もう少しだけ、俺に時間を頂戴?」
ゆっくりと視界全体を覆っていた闇が晴れ、家族の姿をしたナニカが消えた。
後に残るのはなにもない真っ白な空間のみ。
感じられるのは自身の肩と全身を包み込む温かさだけ。
「ありがとう。こんな俺を想ってくれて」
その温もりだけで、俺はまた頑張れるよ。
足掻いて足掻いて、足掻きまくってやるさ。
運命なんか、シナリオなんかクソ喰らえの精神でいってやるさ。
「大丈夫。まだ動ける」
手が動くなら、差し伸べることが出来る。掴み取ることが出来る。
足が動くなら、駆け付けることが出来る。前に進むことが出来る。
この体がまだ熱を帯びているのなら、その熱を分け与えることが出来る。
俺はまだ生きている。
まだ今この時を生きている。
生きているのであれば、後は前に進むだけだ。
「俺はまだ、大丈夫」
不確定な未来に怯えるのはもう止めだ。
後は進んで進んで、その先にある望んだ世界を掴み取るだけなのだから。