第百四十七話
『みーつけた!』
『こんなとこに居たのか〜』
被っていた毛布を覗き込まれ、父と母の笑う顔が見えた。
咲希も結縁も楽しそうに笑い声を上げて毛布から出ると父と母の腕の中に飛び込んだ。
『隠れるのが上手いなぁ〜、全然見付けられなかったよ』
『んふふ』
この時はまだ、ただただ在り来りで普通で………けれども幸せが無くなるなんて事も考えずにいられた。
ただ直ぐ側にある幸福に浸っていられた。
『にー!』
『にぃー!!』
『二人は本当にお兄ちゃんが好きね』
『よく呼んで近くにいないと泣いちゃうもんね』
そう。咲希と結縁がよく呼ぶのは己の名前であった。
夜は側にいて指を差し出せばあの時のようにその小さな手で握って、赤ちゃんに良くある夜泣きもせずに眠るのだ。
起きていても舌足らずな声で己の名を呼び、テチテチやポテポテといった効果音が付きそうな歩き方で近寄ってくるのだ。
これを嫌だと思う人が居るなら教えて欲しい。全力でプレゼンして良さを知らしめるから。
ほんの少しだけ難点をあげるならば、お兄ちゃんだから少しだけ我慢しなければならないことだろうか。
自身よりも小さい二人。
俺みたいに何かを訴えるには泣き声を出さなければならない。
言葉を発する事も今はまだ出来ないから、泣いて訴えるしかないし父さんも母さんも泣き声から二人が何を求めているのか訴えているのか察しなければならない。
その時は父や母のようにご飯を用意することもあやすことは出来たとしても他は力もない子供の己には出来ない。
だからその時は邪魔にならないように大人しくしていなけれなならない。
他にも出掛けたい時やどこかに家族で遊びに行きたい時。
その時ももちろん父さんも母さんも己の事を考えてくれるが、どうしたって幼い弟妹を優先しなければならない。
その時は、お兄ちゃん何だから我慢しなければならない。
別にそれが苦だと思ったことはない。
『(嘘つき)』
可愛い弟妹達が笑っていてくれるなら、それで良かった。
『(本当は寂しかったくせに)』
父さんも母さんも笑っていて、幸せだった。
『(弟と妹なんて要らないって思ってたくせに)』
幸せな夢は唐突に終わりを迎えた。
ドロリと目の前で家族の顔が溶け出したのだ。
「あっ…………」
現実が、戻ってきた。
失われた夢の中に僅かな一時でも浸ることは許されなかった。
『どうして?どうしてあの時何もしてくれなかったの?』
母が言う。
顔の半分が溶け出し、歪な笑みを浮かべながら。
『お前は何も出来ない。護ることも何も出来やしないんだ』
父が言う。
子供だから何も出来ないとは分かっている。
けれどももしもを考えてしまうから、そんな言葉が後悔とともに吐き出されるのだと分かっているのに。
これは自分の弱さが見せている、ただの夢だと分かっているのに。
『何でお父さんとお母さんなの?お兄ちゃんが代わりになればよかったのに』
『何も出来ない兄ちゃんなんて要らないのに』
そんな事を言う二人じゃないということも分かってる。
ドロリと溶け出した二人の顔は、次第に見慣れた……ルーチェやアルバの顔となり俺を見て嘲笑っていた。
『アナタハ、コチラガワノ、ヒトナノニネ………?』