第百四十一話
ラウルが出ていってから、なんとも言えない空気が部屋の中に漂っていた。
「人柱、か……」
ボソリと誰に言うでもなく呟かれたオスカーの声は、耳に痛い沈黙の中では異様に大きく、そしてその言葉の重みを感じさせられた。
「でも、眠っているだけならまだ望みはある。
生きているならまだ………」
魔法の人柱となったと聞いた時、初めは驚きと絶望に似た感情の波に襲われた。
だがそれはラウルの話を聞いていく中で、あぁ彼奴ならやりかねないと納得できてしまった。
レオーネにとってルイーナ・ファウストという男に対しての第一印象はナヨナヨとした優男という印象だった。
魔力量はあるものの、ソレを活かせていない宝の持ち腐れを提言した様な男であった。
声を掛けたのは己から。
その膨大とも言える魔力を利用してやろうと、そんな思いで近付いたのだ。
だが初めは利用してやろうと近付いたのに、気付けばルイーナ・ファウストという男への印象はガラリと変化した。
独りが恐ろしいのに独りでいようとする、放っておけば何時の日か儚く消えてしまいそうだと。
ルイーナ自体は身長も高く筋肉だってある。
儚いとは程遠いのに、どうしようもなくそんな不安にかられるのだ。
自分の身を顧みず他者を助ける偽善者。
自身の身体に傷を付けてまで誰かのためにと紛争する愚か者。
………だがその姿から目を離せなくなったのも事実なのだ。
眩しい光の中に人を導くくせに、ルイーナは手を差し伸べ送り出すくせに自分ではその光の中に進もうとしない。
寧ろルイーナ・ファウストという男は光に背を向けて独り闇の中を進もうとする。
自分が助けた、救い出し手を引き光の中へと行く者達を見ているだけで幸せだと言うように身を引くのだ。
彼に救われた者達がどれほど手を伸ばそうとも、ルイーナ・ファウストはその手を取りはしないのだ。
そんな男を利用しようとは、彼を知ってしまった後ではそう思えなかった。
「何時かは目を覚ましますよ」
「そうだといいな……。
ならソレまでにこの国を前よりも素晴らしいものにしなければならないな」
不格好でもそう言って笑って見せるオスカーの瞳からは未だに不安気な色は消えない。
それはレオーネも同じだ。
魔法の人柱となって眠りについたルイーナ。
今すぐ眠る彼の元へと向かいたい気持ちを抑えて、彼等は被害にあった国の復興作業を行うため動き始めた。
ルイーナが目を覚ましてから、彼が護ったこの国がこんな状態では会わせる顔がない。
何時か訪れるだろう彼の目覚めを願い、その時の為の作業に一心不乱に打ち込んでいた。
そしてルイーナの目が覚めたと聞いたのが、彼がこの魔法学園に入学したその日であった。
「どれだけ心配したとッ………!」
心配をしていたと言うのに、とうの本人とくれば此方の気が抜けるような笑みを浮かべて立っているのだから、こうなるのは仕方がないことだろう。
「…ごめん、レオ」
「許さない」
「うん」
「もう二度と独りでいくな。もう、誰かを護ろうとしないでくれ」
「……それは、約束できない」
「ッ!!」
グッと彼の胸元を掴んでいたレオーネの手に力が籠もる。
「俺は護りたい。大切な家族が、友が傷付くのは見たくないんだ」
「…………ならその大切の中にお前自身は居るのか?
護る対象に、お前は入ってるのか?」
その問いに、ルイーナは何も答えてはくれなかった。