第百四十話
「は、入ってくれ」
「案内ありがとう。
………失礼します殿下。
ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。
セルペンテ殿に関しても何度か我が邸宅にお越し頂いたようで………申し訳ない」
「いえお気になさらないで下さい」
ここまで案内してくれた執事に貴族にしては珍しく律儀に礼を言ったラウル。
彼はパタリと閉じた扉から目を離し、オスカーとセルペンテへと振り返り頭を下げた。
頭を下げる前に見えたラウルの顔は決して良いものとは言えなかった。
青白い肌に化粧でも隠せていない色濃いクマ。
見える手も僅かに骨が浮かび上がり、前に見かけた時よりも一回り程痩せたように感じられた。
「その………大丈夫か?」
「はい。ご心配をお掛けして申し訳ありません」
「いや、貴殿が無事ならそれでいいんだが…………」
部屋に備え付けてあるソファに座るようにラウルを促したオスカー。
それに礼を言って座ったラウルだが、注視しなければ気付かない程の僅かなものだったが、今までキビキビと動き業務を行っていた彼の姿を知っている者からすれば動きが重そうに見えた。
「ファウスト家の者には今回の件でとても助けられた。
改めて感謝させてくれ。
貴殿らが動いていなければ、この国は今も混乱の最中であっただろう」
「勿体無きお言葉、ありがとうございます。
ですがそれは私共の力ではなく、この国の皆が互いに手を取り合ってのことです」
苦笑を溢しながら自分の成果ではないとやんわりと首を振り否定したラウルだったが、彼は居住まいを正すと正面に座るオスカーとそんなオスカーに座れと言われ護衛として背後に立つのではなく同じく近くのソファに座っていた二人へと目を向けた。
「陛下から、お二人が息子のルイーナを気に掛けていらっしゃると伺いました」
「…………国を救ってくれた第一人者だからというのもあるが、彼には私個人でも恩があってね。
セルペンテに至っては彼と友人でね」
「そうでしたか。
ですが申し訳ありません。息子は今は屋敷から出ることが出来ない状態ですので……」
「そんなに傷が酷いのか……。
であれば此方で薬と腕の立つ医者を用意しよう」
「ありがたい申し出ですが、その必要はないのです」
屋敷から出れないとなれば相当容態が酷いのだろうとそう申し出たオスカーだったが、それは当のラウルによって断られてしまった。
容態が酷いのであれば、薬や腕の立つ医者は必須のはず。
それが必要がないとはどういう意味なのだろうか。
そう思っていたことが顔に出ていたのだろう。
ラウルは何度か口をまごつかせた後に、意を決した様に真剣な目を向け口を開いた。
「ルイーナは、あの日からずっと眠り続けているのです」
「眠り続けて?
であれば、それこそ医者に見せた方が………」
「見せたとしても、どれだけ有名な医師でもルイーナを目覚めさせる事は出来ないでしょう」
あの子は、氷の中で今も眠り続けているのです。
そう伝えられた時のこの衝撃をなんと言い表せようか。
この国を救うために自らを犠牲にしたことへの怒り?
それとも何も知らずにいた自身への後悔?
何故、どうして………。
知らなかった事とは言え、ルイーナの事だ。
彼なら無事でいてくれると、そう思っていた。
何の根拠もないけれど、彼なら大丈夫だと心配はあっても何処か心の奥底で思っていた。
まさか救うために魔法の人柱になるとは思ってもみなかった。
「ですが、魔法の影響であれば医師は無理でも魔法師であれば何とか出来るのでは?」
「………それも無理なのです。
実際に魔法の腕が立つ者に見てもらいましたが、打つ手はないと」
魔法の腕が立つ者とはジュラルドとロベルトの事だ。
彼等が言うには眠るルイーナを繭のように囲む氷には僅かにだが闇の魔力が感知された。
そしてルイーナが眠るその場所に、ファウスト家の者や当時その場にいた者達のみしか入ることが出来ない様になっていた。
闇の魔力が感知された以上、下手に刺激して何か起きてからでは遅いからだ。
「会うことは、出来ないのか……?」
「申し訳ありません」
苦しげに話すラウルに、オスカーとセルペンテはもう何も言えなくなってしまった。
聞きたい事はまだ沢山ある。
だがラウルのその顔を見てしまっては、聞こうにも聞けなかった。