第百三十八話
『ルーチェが、神の愛娘……?』
『シスター、その彼女は今どこに?』
『殿下がいらっしゃるほんの少し前にここを出ていかれました。
何でもお兄様の元に行かなければと焦っていらして………。
外にはモンスターが居るのだからとお止めしたのですが』
そこで言葉を切ったシスターは、教会の窓から見える雪を掌で指し示すと何処か恍惚とした表情で更に言葉を続けた。
『ふふっ、あの天から降り注ぐ癒やしの雪はモンスターを退け炎を沈下させ傷付いた体を癒やすもの。
人には到底なし得ない所業……まさに神のよう。
それを行ったのが神の愛娘様の兄君であらせられるなら、当然なのでしょうね』
言ってニコリと笑うシスターの顔は彼女を慕う者が後を絶たないという噂が立ち昇るのも頷ける程に美しいものだった。
オスカーはその笑みを綺麗だと目を奪われていたが、レオーネはオスカーのように純粋に美しいとは思えなかった。
美しいには美しいのだ。
緩やかに持ち上げられ朱く色付く小さな唇は確かに笑みを浮かべていて、薔薇色に染まる頬も誰がどう見ても神に仕え神の導きを信じる美しき純情な乙女そのものだ。
けれどもレオーネが美しいと言えないのはその瞳だ。
計算しつくされた様に完璧な笑みと、背筋が粟立つような冷たく暗い瞳。
けれどもその奥で揺らめく薄気味悪い仄暗さを感じさせる何かが何故か酷く恐ろしく感じた。
吐き出す息も声色も、様々な感情を溶かし込んだようなドロドロとした溶岩のような熱を帯びていた。
だがしかし、それは一瞬の瞬きの間に消え去った。
先まで見ていたのが見間違いではないかと思えてしまうほどの一瞬でソレを消し去ったシスターは何事も無かったかのように頬に手を当てて首を傾げた。
『騎士様の一人が神の愛娘様と共に向かったので大丈夫だと思いますが…………、もしよろしければ私共も外に出て探しましょうか?』
モンスターはもう居らず、炎も沈下されたのでしょう?と続いたシスターの言葉にオスカーは首を横に振った。
『嫌、シスター達には引き続きここでの治療を頼みたい』
『よろしいのですか?
人手は多いほうが探しやすいのではないでしょうか』
『モンスターや炎の脅威も消え去りましたが、まだ完全に安全だとは言い切れない』
確かに脅威が去ったとは言えまだ確実に無くなったという確証はない。
まだ確認が出来ていない中で、騎士や魔法師の様に戦うのでなく傷を癒やすことに特化した治療師であればもしモンスターの生き残り等がいた場合に真っ先に狙われる。
その可能性がある中で治療師を連れ回すことは出来ない。
『そうですか。
では、お気を付けて行ってらっしゃいませ。
どうか主の御加護がありますよう』
『ありがとうシスター、皆を頼む』
自身の胸元で手を組み目を伏せたシスターの姿は神を信じる者の祈りそのものだ。
特に違和感も感じられなかった。
きっとさっきのは気の所為で、ルイーナの事や国の事等の様々なことで頭がいっぱいで見えたただの幻覚だったのだと思うことにした。
まぁ只単に今はそれどころじゃないからだが。