第百三十七話
男の胸ぐらを掴んでいた手を離せば、男は何事も無かったかのように衣服を整え此方を見上げてきた。
『ボス、プレガーレの部下からレオーネ・アロルド様へ。
僕は許可されていないから答えられない。
けれど、最悪にはなっていないとだけは答える』
『…………ありがとう。それと、すまなかった』
ルイーナの詳しいことは分からないままだが、言外に彼が生きていると教えてくれた男に感謝と謝罪を伝えれば、男は頷いて再度静かに闇の中に溶け込み消えていった。
『生きてるなら、また会える……』
今はそれを知れただけで少しではあるが安心できた。落ち着きを、取り戻すことが出来た。
感情のままに動いていた脳が今すべき事を導き出す。
ルイーナが、親友が戦いこの国を救ってみせたのだ。
ならば彼が友と認めてくれた己が何もせずに居ることなど出来ない。
『すみません殿下、ご迷惑をお掛けしました』
『気にしないで欲しい。私もあの人が無事であることが聞けたからな。
…………民を助け全てが終わったら、会いに行こう』
『そうですね。どうせなら彼奴を驚かしてやりましょう』
『ははは、それじゃあ尚更頑張らないと』
一度深く息を吸い込み吐き出して、深呼吸をして未だドクドクと騒ぐ心臓の鼓動を落ち着かせる。
このまま何もしないなんて、それこそ彼に今度こそ呆れられてしまうだろう。
騎士達そして王太子殿下と共に城を出て避難所であるという教会へと向かった。
途中で傷付いた、ここを守護してくれていた騎士達とも合流し先へと進む。
焼け落ちた家や崩れ落ち原型を留めていない家々や瓦礫の中に巻き込まれた者がいないか捜索も行いながら目的地であった教会へとたどり着いた。
その教会の周囲でも激しい戦闘の跡があり、当時の凄まじさを物語っていた。
『殿下ッ?!』
『来るのが遅くなってすまない。
重症者や今行方が確認できていない者はいるか』
『重症者はルーチェ・ファウストご令嬢が治療してくださった為に今はおりません。
行方が確認できていない者は別の場所で保護されていると連絡がありました』
『そうか………、良かった』
オスカーが教会を訪れた事に驚いた騎士が驚きの声をあげるが、彼が状況を尋ねれば姿勢を正しそう応えた。
『神の愛娘様がお助けくださったのです』
『何……?』
『神の愛娘様、ルーチェ様が我々を慈悲深くも傷を癒やし救ってくださりました』
オスカーの彼の質問に応えていた騎士とは別の第三者の声が掛けられた。
そしてその言葉の中にあった神の愛娘という単語に、オスカーはどういう事だと声の主の方へと顔を向けた。
『神の愛娘様はこんな老いぼれにも優しく声を掛け傷を癒やして下さりました』
『女神様が我らに救いを与えて下さったのです』
一人の老婆がそう言葉を溢せば、周囲からも口々に自身も救われたのだと言う声が聞こえてきた。
『王太子殿下、皆様がおっしゃっている事は本当ですよ。
私共等には到底手の届かない程に強く慈悲に溢れた光の魔力は紛うこと無く神の愛娘であることの証明に他なりません』
『シスター』
そしてまさかの身近な人物が神の愛娘だと言う言葉に固まっていると、ゆっくりと此方へと歩み寄ってくる修道女、シスターがそんな周囲の言葉を後押しし事実だと確信した声でハッキリと声を掛けてきた。