第百三十六話
『レオーネ………』
己を呼ぶオスカーの声に答える余裕も、俺にはなかった。
ただジッと、目の前を忙しなく動く騎士達の間から見える男と国王が何かを話している様子を見ていた。
『レオーネ!!』
何の反応も返さない俺に痺れを切らしたオスカーが顔を覗き込む。
彼自身もその瞳に騎士団の皆と同じように決意に満ちた炎を灯すも、その炎の中には確かに不安や心配の色があった。
オスカーにとってルイーナは大切で、恩人のような存在だ。
あの茶会の席での出来事は毎日のように聞かされていた。
多少美化されてる感が否めないが、手紙のやり取りをしている事も知っている。
手紙が届く度に嬉しそうに笑っては読み終えた後には何時間もその話をするほどには懐いていることも。
彼だってルイーナの名を聴いた時には息を呑んでいた。
声を震わせ小さな声でえっと言葉を漏らしていた。
今も拳を握り締め、耐えている。
それでも今も動けない己よりも、不安を抱えながらも動こうとするのは、彼が次代の王としての器からかそれとも彼自身の心の強さからか。
俺には出来ない事だ。
『そのように手筈しよう。
頼むぞ』
そしてその言葉が聞こえてきたと同時に、この場に現れた時と同じようにまた闇に消えようとする男に、今の今まで動くことのなかった体を動かし噛み締めていた口を開いた。
『待ってくれ!
彼奴は!ルイーナは無事なのか?!』
魔法の人柱というものは、その名の通り魔法の主軸が人間であることを示す。
本来であればそれは大型の魔法を扱う際に必要となるものだ。
魔道具かダンジョンの核などで代用するものだが、争いが今よりも凄まじく絶え間ない時代では奴隷制度がありその奴隷を使って大型の魔法を使う国もあった。
その魔法の人柱となった人間の末路は、苦痛と絶望に苛まれて死に至るか生き存えたとしても魔力の枯渇により深い眠りにつくか、眠りについたまま死んでしまう。
だからこそ人柱というものは禁忌とされているのだ。
『ボス、プレガーレの部下からレオーネ・アロルド様へ。
何故そんな事を聞くのか疑問であると僕は答える』
『ルイーナは俺の友だ!
友が人柱となったと聴いて黙っていられるか!!』
王が他の騎士達に指示を出すために離れた為、男の元まで早足で向かいその胸ぐらを掴む。
表情の見えない男は、胸ぐらを掴まれているにも関わらずまた唄うように話ては首を傾げてみせた。
『ボス、プレガーレの部下からレオーネ・アロルド様へ。
許可が降りない限り答えられないと僕は答える』
『巫山戯るなッ………!』
『ボス、プレガーレの部下からレオーネ・アロルド様へ。
巫山戯ていない。僕はそれを許可されていないと答える』
自分よりも僅かに背の低い男はその足が地面から浮かんでも何の変化も感じさせなかった。
本当に人なのかと疑いはしたが、布越しに伝わる熱が彼が人であることを訴えていた。
『レオーネ!確かに心配だけれどッでも今は…………』
男の胸ぐらを掴んでいる手を走り寄ってきたオスカーが掴む。
…………自分以上に苦痛に顔を歪め、それでも必死に前へと進もうとする彼の手は震えていた。
そんな彼を見てしまえば、これ以上彼の付き人である己が感情のままに動くわけにはいかないじゃないか…………。