第百三十四話
廊下にレオーネの悲鳴にも似た叫び声が響いた。
涙を流していないのに、寧ろ怒りを込めて放たれた筈なのに彼は泣いていた。
「怪我するなとは言わない。
けどな!お前が傷付いて悲しむ奴が居ることは忘れるな!
お前が犠牲になった先にある未来なんて誰も望んでない!
………………頼むから、独りでいようとするな」
怒りのままに置かれ肩を掴んでいた筈の手は、何時の間にか縋るように胸元の服を掴んでいた。
そしてそのまま俯き、顔を伏せたレオーネの震える肩をルイーナは見ていることしか出来なかった。
俯いた頭をルイーナの胸元に当てたまま、レオーネは小さく言葉を紡いだ。
あの日、国が襲われた日からの彼の物語を。
「あの時、俺は王太子殿下のお付として城にいたんだ………」
国中が炎に包まれる中、レオーネは万が一に備えて王太子殿下、オスカーと共に城内を駆け回っていた。
何が起こっているのか、その原因の解明と被害の状況を確認し指示を出しては自分達も城下に行き事態の収集をしようとして止められていた。
『陛下!何故止めるのですか!!』
『少しは落ち着きなさい。お前が行ったところで何になる。
レオーネ、お前も王子を止めず何をしている』
『申し訳ございません陛下。
ですが隣国からの救援も望めず、原因が分からない以上は民の安全を最優先にしたいという殿下のお言葉に私も賛成した次第です』
『陛下!私も陛下の子です!
この城で今も苦しむ民を見ていることなど出来ません!!
どうか行かせて下さい!』
『ならん。それを許可することは出来ない』
『陛下!!』
城内の騎士達に止められながら、必死に行かせてくれと叫ぶオスカーにこの国の王は淡々とした声でその願いを一蹴した。
『上に立つ者が何も情報のない中で無闇矢鱈と行動すれば、それが最悪の事態に繋がる可能性が有ることは分かるだろう』
『ですから陛下にはこのまま指揮を取っていただき、陛下の子である私が行くんです!』
尚も叫ぶオスカー。
彼がどれだけ叫んでも、その言葉は聞き入れられなかった。
『そうだ。私の子でありこの国の次期王であるからこそ余計にお前を行かせるわけには行かないのだ』
国と民を護りたい一心で叫ぶオスカーには分からなかっただろうが、そのオスカーの背後から様子を伺っていたレオーネだけはその変化に気付けた。
淡々と感情の突起の見受けられない言葉を放っていた王だったが、オスカーを見る目は口以上にその彼の心情を表していた。
冷酷なこの国の王としての彼と、オスカーを心配する一人の父親としての顔が見えた。
レオーネだってこの国が好きだ。
叶うなら今すぐにでも家族の元へ、友の元へと向かいたかった。
だがレオーネの使命は王太子の護衛だ。
職務を怠りこの国の中核たる王太子に何かあれば、それこそ家族に顔向けが出来ない。
家族を心配する気持ちは痛いほど分かる。
『お話中失礼します』
そんな時だった。
城内に騎士や王、オスカーやレオーネ以外の何者かの声が聞こえてきたのは。
漆黒を思わせる服に全身を包み込みだ何者かが、闇の中からその姿を表した。
『ボス、プレガーレから国王陛下へ。
元凶撤退。国の炎も鎮火可能』
まるで唄うように放たれた言葉は耳を疑うものであった。
『そうかご苦労。国をこのようにしたものは追跡捕縛は可能か』
『ボス、プレガーレから国王陛下へ。
追跡捕縛は不可。敵は異形であり何らかの転移系魔法または魔法道具を所有している為、国内に反応なし』
ゆらゆらと体を揺らし唄う男は不意に窓の外を指さした。
その男の指さした先を追いかけ窓の外を覗き見れば、目の前には信じられない光景が広がっていた。
『雪………?こんな時期になんで』
『ボス、プレガーレから国王陛下へ。
ファウスト家の長男ルイーナ様が元凶を撃破後に炎を鎮火。
またその際に、人柱となり行動不能』
『は………?』