第百三十一話
一通り泣いてスッキリしたのか、オスカーは目元は赤いもののしばらく経てば少しずつ落ち着きを取り戻し始めていた。
が、オスカーはルイーナの胸に顔を埋めたまま動かない。
「お兄様、こちらを……」
「ん?………あぁ、ありがとうルーチェ」
嗚咽も止まり服の布越しに感じた濡れる感触もない為、もう彼が泣いていないのは分かったが何故落ち着いた今も顔をあげないのかと内心不思議に思っていたルイーナだったが、ルーチェが渡してくれたハンカチに合点がいった。
受け取ったハンカチはルイーナも愛用しているもので、ルーチェが魔法で出した水をアルバが熱で温めてくれたのだろう。
冷たくもなく熱くもなく、丁度いい温度のソレに礼を言って未だ顔を埋めたままのオスカーの濡れる頬に当てた。
「すみません……でも、まだもう少しだけ……」
「うん」
目元……は埋められたているためその涙を拭えないが、頬に残る跡を軽く拭っていく。
王太子と言う立場であれば、今のこの状況に思うところもあるだろう。
時間が経てば鎌首を持ち上げていた有るはずのない母性も沈んでいき、彼が王太子であることやアルバの事などが脳裏に浮かび上がってくる。
自身の腕に抱かれる幼子……いや、この国の王太子殿下には彼が満足した後に不敬を詫びなければならない。
我に返った王太子殿下がこの行動に不敬だと不満を訴えればこの学園を追放されるかもしれない。
流石に陰を辞めさせられると言うことは無いだろうが、そうなってしまった場合はこの学園に仕掛ける保護魔法関連の対処方法を改めなければならない。
それにルーチェやアルバの事も元はゲームであった世界の抑止力がどう動いてくるのか測れない今、二人の近くにいなければ対処が遅れてしまう。
例え世界線がゲームであったとしても、この世界はセーブもコンティニューも何も出来ないのだ。
目の前にいるのはゲームのキャラではあったが、今この時を生きている同じ人間なのだ。
物事を思考し自由に感情を出し生きている。
何ら変わりのない同じ人なのだ。
確かに今もまだ彼等彼女等をゲームのキャラクターとして見てしまうし、今後起こるであろうストーリーも薄れつつあるがこれから先の未来の出来事として行動してしまうだろう。
けれども、どうあってもここは今の己にとっても彼等彼女等にとっても現実なのだ。
何時までもゲームと言う感覚に囚われていてはいけない。
ゲームではこうだったと知っていてもルーチェはストーリー前に王太子とは出会うことは無かった。
それにアルバが大魔法使いの生まれ変わり等という噂もたっていなかった。
ジュラルドやロベルト、レオーネやセルペンテそして精鋭の彼、アマラやフィン等といった者達はゲームでは名前だけのキャラだったりそもそもゲームには出ていなかった。
ルイーナ・ファウストは、今この時点でこの世には存在していなかった。
ルイーナという存在に成り代わり動き回っているうちに、結ばれることのなかった縁が結ばれた。
これはゲームではなし得なかったことだ。
それは今ここで生きているからこそ出来た事、繋げられたものなのだ。
そして彼も彼の他のキャラであった者達も、今はただの子供なのだ。
サラサラと金糸のような髪を撫でる。
ごめんと声には出せずとも内心そう呟きながら目の前の子供の頭をなで続けた。