第百三十話
「国が炎に包まれたあの日からずっと不安でした。
ルイーナ様がこの国を救ってくださったことは父から聞いていましたが、傷を負い療養中だとも聞いたので」
復興作業を行う中で様々な噂を耳にしたのだとオスカーは語った。
曰く、ファウスト家の長女は神の愛娘である。
曰く、ファウスト家の長男は国を救った英雄である。
曰く、ファウスト家の次男は大魔法使いの生まれ変わりである。
「ちょっと待って下さい?私も知らない話があって…………」
ルーチェが神の愛娘だとバレたのは知っていた。
人の口に戸は立てられぬの言葉通り、その話が広がるのも心してはいた。
自身が何故か英雄だと言われていることもルーチェ達に聞いて知ってはいた。
王は何も言わないでいてくれている為、それはあくまで噂でとしか伝わっていないが。
それよりも問題はアルバのことだ。
アルバが、何だって?
大魔法使いの生まれ変わり?何故そうなった?
「アルバが何故大魔法使いの生まれ変わりだとの噂が出ているんですか?」
「そこまで広がっているわけではありません。
ただ数名の貴族の中で回っている噂です」
あの日、炎が国中に燃え広がった時に避難していた者が見たのだと言う。
アルバがありえないほどの膨大な魔力を用いて巨大な魔法を行使していたのを。
誰かと、恐らく国に潜り込んでいた敵と交戦していたのではないかとの話が出回っているらしい。
「な、なるほど………?」
その噂の出処である者が見たのはきっと、己の不甲斐なさのせいでアルバが苦しんでいた時のことなのだろう。
そして交戦していたのは敵では無くルイーナだ。
それ以外にアルバが誰かと戦い膨大な魔力を扱う場面はなかったのだから。
「ん?」
「その噂の中に、ルイーナ様がしっ……死んだんじゃないかって言うのもあって……。
父から聞いて嘘だって分かってても、でも、でもずっと心配でっ…………!!」
「っえ!ちょ、ちょっとま”ッ”?!!」
言いながらボロボロと大粒の涙を流すオスカーに、腕が開放されたことの安堵感よりも噂への驚愕も一気に頭から吹き飛んでいった。
ワタワタと慌てるルイーナ。
ルーチェとアルバもその目を見開き、信じられない物を見るかのような驚きを見せている。
カプレットとパオロ、オルトマーレ兄弟はあらあらと口元に手を当ててその様子をただ眺めている。
しゃっくりをあげ、嗚咽を溢しながら腕で顔を隠して泣くオスカーにルイーナは彼がゲームの攻略対象キャラであることもこの国の王太子であることも消え、ただ目の前の子供を泣き止ませないとと言う感情が湧き上がっていた。
「ごめんな。ちゃんと伝えれば良かったな。
大丈夫、俺はここにいるよ」
「ヒック、う、うぅぅぅ…………」
「あぁ………。
うん、いいよ。傍にいるから」
腕で涙を拭っているオスカーの手をやんわりと離させると、再度ルイーナの手を取ったオスカーはその腕を自身の方に引き寄せた。
ぶつかりそうになったが、アルバが肩を掴み抑えてくれた為に事故にならずにすんだ。
ありがとうと感謝を伝えたルイーナだったが、縋るように腕を取られてはその手を離せなかった。
母親でもましてや女性でも無いのに、あるはずのない母性本能が擽られるような感覚がルイーナの中で鎌首を持ち上げている。
「心配してくれてありがとう」
肩を震わせ涙するオスカーの背に手を当てゆっくりと擦る。
暫くそうしていれば、オスカーから再度腕を伸ばされ背に回された。
オスカーの鮮やかな金髪を梳くように撫でれば、グリグリと頭を掌に押し当ててきた。
「(これはアレだ。赤ちゃんが寝れなくてぐずってる時とかに近いかも)」
何となく微笑ましい気持ちになって、彼が落ち着くまでの間、ルイーナはオスカーの頭をなで続けた。