第百二十八話
唐突に腕を掴まれたルイーナだけでなく、その周囲の混乱を置き去りにして青年はやっと会えたとクシャリと相貌を崩した彼をルイーナは知っていた。
ルイーナ自身は画面上でしか知らないが、朧気になりつつある記憶の中で今も消えずに残っているその姿を見間違えるはずがない。
何故なら彼はこの乙女ゲーム世界の攻略対象キャラ、舞台となる王国の王太子オスカー・バージルその人なのだから。
だがゲームで知っていはいても実際に彼と会うのは初めてのはずだ。
ルイーナ・ファウストとして生きた年月を振り返っても、王太子とのエンカウントイベント等無い。
それに唯一王太子とヒロインが出会うイベントでもその場に彼の姿は無く、ルイーナどころかヒロインであるルーチェとも出会ってないというのに。
「えっと………、誰かと間違えてませんか?」
「間違えてません。私がお兄さんを間違える筈が無いじゃないですか」
「えぇ……」
依然として何一つとして情報が纏まらないまま、そうであってほしいと思いつつ誰かと間違えてるんじゃないかと問いかけたルイーナの言葉は食い気味な王太子の言葉によって切り捨てられた。
暫くすれば周囲からザワザワと口々に疑問の声を上げた。
というのも王太子を囲んでいた周囲からすればコソコソ話程度だったのだろうが、如何せん人数が多いせいで耳を澄まさなくても聞こえてきてしまう。
「ファウスト家の………?」
「王太子と何で?」
「と言うか何でこの学園に?」
様々な疑問が飛び交う中、向けられる数多の視線の中にはルイーナを疑問視するものの他に余り良くない視線もあった。
向けられる視線の中で自身に好意的とは思えない視線を向ける者達の顔を盗み見て、後で情報を集めないとな………と誰も気付かれないように小さく溜息を溢したルイーナ。
そしてその視線の主よりも目下ルイーナの頭を悩ませるのは、腕を掴んで離さない王太子だった。
しかも何かを耐えるように唇を引き結び目を潤ませるのだから余計にたちが悪い。
人違いですと目立つは仕方ないによ無理矢理振り払うのは簡単だ。
だが縋るような目をされてはそうする事等ルイーナには出来なかった。
「生徒の皆さーん。道を塞がないで下さーい」
「そ、ろそろ時間なので……新入生の皆さんはそれぞれ指定された場所に移動して下さい………」
どうしたものかと焦るルイーナの耳に、聞き慣れたようで聞き慣れない二人の声が聞こえてきた。
黒髪に片や丸メガネ、片や理知的な(?)メガネを掛けた二人の先生らしき人物がそう声を掛けてきた。
「(見てたんなら助けてよ)」
「(すみません)」
「(面白くてつい)」
その二人へとジトっとした目を向け訴えれば器用な二人は彼らの声に慌てて動き出す生徒の間から小さく笑って応えた。
つい数十分前に別れたばかりだと言うのに周囲に溶け込みずっとこの学園にいたのかのような雰囲気を纏うジュラルドとロベルト。
眼鏡の奥に見える銀色の瞳が楽しそうに細められる。
何故揃いも揃って眼鏡なんだと聞いたことがあるが、教師といえば眼鏡だとか賢く見えそうだからという理由らしい。
………二人が知っているのかは定かではないが、この学園に来たばかりだと言うのに既に二人のファンクラブがある事は分かっているんだろうか。
ほら今も数名のお嬢さん方が頬を淡いピンク色に染めて二人を見ている。
こちらを伺いつつも移動し始める生徒達に声を掛けながら近寄ってきた二人は目の前まで来るとニコリとその口に笑みを浮かる。
王太子の取り巻きらしき者達もジュラルドとロベルトがなにか言ったのか一様に頭を下げて慌てたように何処かへと走っていった。
そしてルイーナの周りには未だに己の腕を掴む王太子とジュラルドとロベルト、そして不安気な顔で駆け寄ってきた最愛の弟妹達だけとなった。
さて、本当にどうしたものか………。