第百二十四話
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「いやぁ〜、気に入ってもらえて良かったですよ」
「ふふ、そうですね」
十分にも満たない時間ではあったが、一頻りはしゃいで満足したルイーナはハッと我に返りジュラルドとロベルトに振り返ったが、その二人が微笑ましそうな目を向けてきた為に、気恥ずかしさ等もあって表には出さなかったものの脳内の自分がゴロゴロと恥ずかしさに悶えていた。
だがここで恥ずかしいと全面に出してしまえば、彼等の暖かな視線が更に微笑ましいというようなものに変わるのは明白。
今でさえも居た堪れない視線が更に色濃くなってしまえば、最低でも三時間以上は動けなくなってしまう。
ならばもう開き直ってしまったほうが幾分かマシだった。
家の中にある椅子に座り呼吸を整えたルイーナの前にロベルトが入れてくれたらしい紅茶が差し出された。
それに感謝を告げて紅茶を一口含み流し込めば、程よい甘さと爽やかな柑橘系の香りが鼻に抜けた。
興奮し火照った体に冷たいそれは心地よく、ルイーナは行儀が悪いと分かってはいてもゴクゴクと一気に飲み干してしまった。
「あっ………」
「うまぁ〜……、おかわり欲しい」
「はい。ルイーナ様もいかがですか?」
「今日は暑いから冷たいものは丁度いいですよね〜」
だがルイーナよりも勢いよく、そして豪快に飲み干したジュラルドがロベルトにおかわりを頼んだ為にルイーナが溢した声はロベルトには聴こえなかった。
「………ありがとう」
「何のことです?」
自身のカップに再度注がれた紅茶に、ルイーナはロベルトだけでなく目の前に座るジュラルドにも礼を伝えた。
本人は何の事かと静かにカップを傾け紅茶を楽しんでいるが、ルイーナは彼の優しさに救われたのは変わりようがない事実だった。
ジュラルドはルイーナが紅茶を一気に飲み干したのを見て、彼が浮かべたしまったという顔に気付くと自身も勢いよく紅茶を飲みロベルトへおかわりを頼んだのだ。
そしてさり気なく話を振り、ロベルトに自然な流れでルイーナのカップにおかわりの紅茶を注がせたのだ。
………今日は確かに日差しが強かったが、そこまで気温は高くはない。
それにこの家には自動で温度を調整する機能がついているのだから暑くなりようがないのだ。
それでもジュラルドがそんな事を言うのは必然的にルイーナを気遣って言ったものだと分かってしまった。
「今度クッキーを作るんだけど、何がいい?」
「うーん、チョコがいいですかね」
「分かった」
お礼を言ってもはぐらかされるなと判断したルイーナは言葉ではなく彼の好きなもので感謝を伝えようと菓子のリクエストを問うた。
それに答えた彼のカップに隠れた口の端が持ち上がっているのを見て、今回は何時もより多く作ってこようと、ルイーナは表には出さないもののそう意気込んだのだった。
「あれ、どうかしたんですか?」
「何でもないよ。ごめん俺がはしゃいだばっかりに時間が………」
「大丈夫ですよ〜、まだまだ時間はありますし」
「そうですよ。それに今回の調査で分かった事と言えば危険性なども無いですし」
「良かった」
ほっと胸を撫で下ろしたルイーナ。
ロベルトもジュラルドの隣の席に腰掛けると、それじゃあとロベルトが口を開いた。
「ルイーナ様はこの学園のイベントが何か知ってますか?」
「イベント?」
カップをソーサーに置いて話を切り出したジュラルドのその問いにルイーナは首を傾げた。
ゲームではそれなりにイベントはあったが、ルイーナが覚えているものは攻略対象とヒロインの絡みが少しと悪役キャラのサイドストーリが少し、そして物語のクライマックスのみ。
この学園自体にあるイベントについては知らない。
「この魔法学園はその名の通り魔法を学ぶ場所です。
魔法以外も学ぶことはありますが、本来の目的はそこです。
なのでここでは一年に一度魔法の腕を競う大会があります。
他にも外部から人を招く等の事もありますが……」
そのジュラルドの言葉になるほどとルイーナは頷いた。
前世で言うところの体育祭や文化祭に分類されるものなのだろう。
ここは学園なのだからそれらがあることは何ら不思議ではない。
「ですが今回は王太子殿下がこの学園に入学したことから、外部からも多くの注目が集まっています」
「………ん?ちょっと待って。
その外部って何処までを指してる?」
だがジュラルドの外部から多くの注目が、の点にルイーナは引っかかりを覚えた。
もしも今脳裏に浮かんだソレがジュラルドの言う外部の範囲だとすれば、彼は危険性が無いとは言っていたがそうでも無いかもしれないのだから。
「年々増えてはいましたが今回は例年よりも多く国外からの注目が集まっています。
…………それがどうかしましたか?」
返ってきた答えに、ルイーナは頭を抱えた。
ジュラルドもロベルトも不思議そうな顔をしているが、これはそんなに甘い話ではない。
否、ただ単に感覚が麻痺してしまっているのかもしれない。
もしくは慣れさせられたか。
年々注目を増していっていたのならば、今回は何時もより多いなで済ますことが出来る。
考えすぎかも知れないが、その感覚こそが他国の狙いだとしたら?
時間を掛けてゆっくりと舞台を整えていたのだとしたら?
この国は一度賊の潜入を許してしまっている。
今は警備も強化されたが、前世でも同様に世界には絶対など存在しないのだ。
何時だって最悪を想定して動かなければならない。
「………もしもその注目自体が仕組まれていたとしたら?
王太子殿下は魔力量も多く扱える属性も多い。
何よりこの国の王族は古来より神の愛娘とはまた違った類の神の加護を受けているとも言われている。
他国の連中にとって警備も多い城を出て、誰もが通える場所に入学した王太子なんて格好の獲物だと思わない?
………そもそも、何で王太子がこの年にこの学園に入学したことを知ってる?
陛下は王太子がこの学園に入学したことは安全のためにも誰かに、ましてや他国に話したりはしない」
目の前で息を飲む二人に、ルイーナはやっぱり何事もなくなんて過ごせる分けないかとガクリと項垂れたのだった。