第百二十話
魔法。
それはこの世界では珍しくもない、誰もが持つ不可思議な力。
人間は魔法を、本来であれば何かしらの道具を用いて初めて扱うことの出来る現象を、自身の中に存在する自然エネルギーを消費し操る事が出来る。
だが同時に、その力は少しでも使い方を誤ってしまえば厄災となり得るものでもある。
自身の中にある魔法を操る際に使うエネルギー、魔力が多い者は正しい使い方を知らなければ自分だけではなく周りも巻き込んでしまう危険がある。
だからこそ、魔法を学ぶための場所は必要なのだ。
そんな中、魔法を学ぶ為のその学園、優秀な魔法師だけでなく魔法騎士も排出する憧れの的であるアルブスで、一人の男子生徒の腕を掴む二人組がいた。
「…………絶対に嫌です」
「僕も嫌です」
「えぇ……」
同じ新入生。
真新しい制服に身を包んだ少女と青年が、その二人よりも僅かに背の高い青年に対し不満げな声を向けていた。
腕を掴む男女は、一目見れば誰もが振り返るであろう整った容姿を持つ二人だった。
少女は白くきめ細やかさの光る真珠のような肌、そしてふわりと風にのって揺れる金糸のような金髪に鮮やかな若葉色の瞳の可憐な美少女。
そしてその彼女と共に抗議の声を上げているのも、こちらもまた整った容姿を持つ青年だった。
少女よりも色濃い金髪に濃い緑の瞳。
キリリとした切れ長の瞳には細められ、大人の色香を放っているようにも感じる美青年。
そんな美少女と美青年に腕を捕まれ情けない声を漏らすのは、男にしては長い黒髪を束ね背筋を伸ばした橙色の瞳を持つ青年。
先の二人を見た後では、取り立てて言う及ぶところの無い容姿を持ってる気弱そうな青年だった。
「どうしてお兄様だけ別行動なんですか!」
「そうですよ。ただでさえ怪我も治りきっていないんですから。
もし傷が開いたりしたら誰が兄様を助けるんですか」
「でも、これはもう決定してて………」
「「絶ッッッ対に嫌です!!!」」
「んあぁ〜………」
その二人、ルーチェとアルバに腕を引かれ冷や汗を流すルイーナは、その浮かべられた表情の通り困っていた。
入学式に参加したルーチェとアルバは、この後に学園内の見学の為に在校生の案内のもと行動するのだが、それにルイーナが同行できないことに不満を抱いていた。
ルイーナが二人と別行動なのは、この学園にいるジュラルドとロベルトと合流し情報を共有するためだった。
この学園の長である学園長は、国王とも親しくルイーナ達にも協力的だ。
その代わり、ルーチェとアルバを第一に行動することは認めるが学園のことも出来る範囲で見てほしいと頼まれたのだ。
学園長と言っても生徒との関わりは少なく、何かあった時にすぐに対処することが難しい。
そこで学生という身でありながら、陰という役割りを全う出来るほどの力を持つルイーナへと頼んだのだ。
「ルーチェ、アルバも心配してくれてありがとう。
でもこれは必要なことなんだ。
大丈夫。今回はこの学園内には居るから危険はないよ」
「でも………」
「二人が見た物や感じたことを後で教えて?
ちゃんと戻ってくるから」
そう言って二人へと笑みを向けたルイーナに、ルーチェとアルバは尚も抗議の声を上げようとして………ただ静かに頷いた。
分かっているから。
兄が自分達と同じ学生という枠組みに当て嵌められていても、決して対等なものでは無い事を。
その兄に頼られたくても、支えたくともその力が自分達には無い事を。
「……少しでも傷付いたりしたら許しませんからね」
「分かった」
「今回は諦めます。
その代わり!今日のデザートはイチゴのタルトが良いです」
「うん。腕によりをかけて作るよ。
…………ほら、行っておいで」
未だ複雑そうな表情のまま、それでも自身を抑え腕から手を離すルーチェとアルバにルイーナの心中は今にも押し潰されていまいそうなほどの罪悪感で一杯だった。
暗く淋しげな顔をさせているのが、自分であることが分かっているから。
そしてこれからも、自分は二人にこの顔をさせてしまう事が嫌でも分かってしまうから。
名残惜しそうに何度も振り返る二人の姿が見えなくなるまで、ルイーナは笑みを浮かべ手を振り続けた。
「レディ、二人をお願い」
そして二人の姿が完全に見えなくなった頃に小さく呟かれた言葉。
それに答える声はなくとも、バサリと聞き慣れた彼女の羽音を聞き届け、ルイーナはルーチェとアルバに背を向けて彼らの元へと歩きだした。