第百十八話
この世界にも小説は存在する。
その数はあまり多くは無いが、前の世界と似たような系統のモノが少なからずあった。
中でもルイーナが好んで呼んでいるものは”スフィーダ”という作者が書いている物語だった。
今読んでいる物語は、一度人生を謳歌した一人の男が再度生まれ直してしまった話だ。
前と同じだった時もあれば、一度目の世界には存在しなかった己自身の兄であったり叔父であったり、戦った敵になってしまった事もあった。
初めは一度目の世界で救えなかった仲間や友を救えると喜んだ。
そして嘗ての敵も様々な思いがあって抗った結果に世界を壊すことしか出来なくなってしまった事を知り、その敵さえも救いたいと思い我武者羅に走り続けた。
だが何度も生まれ直しては男の努力は全てリセットされる。
自分にとっては”久し振り”であっても、相手にとっては”はじめまして”でしか無いのだ。
そして九度もの人生を生きる中、男の中にあるのはただ眠りたいという思いだけだった。
だが現実は無常で、男は十度目の人生を生きる事となった。
今度はまた己自身ではない誰かとして生きる事となった。
だがそれすらも、男にとっては最早どうでも良いことだった。
人と関わることが嫌で森の奥深くでひっそりと独り暮らしていたある日、男は森が異様に騒がしいことに気付く。
それを放って置くことも出来ず、男はその発生源へと向かった。
そして向かった先で男が見付けたのは血を流し倒れ伏す女と、その女の腕に抱かれ泣く赤子の姿だった。
息も絶え絶えな女は、もう手の施しようがなかった。
それでも女は歯を食い縛り近寄った男の衣服を掴み縋った。
『どうか、どうかこの子を………ッ!!』
半ばうわ言の様その言葉を繰り返す女に男はただ一言、分かったとだけ答えた。
男の言葉に女は心の底から安堵したように吐息を溢し笑った。
『お願い……、この子の名前は___。
私の、この世界で何よりも愛しい子……。
ごめんね、ごめんね___ッ………。
……死にたくない。一緒に生きていたい。
お母さんって、貴方に呼ばれてみたかった。
お願いどうか、どうかこの子を幸せに………。
私はもう、一緒には………いれないから』
涙を流し、男に我が子を託す女は最後のその瞬間まで自身の子を見詰めて、その目に焼き付けていた。
『大好きよ、愛してる。私の………宝物。
成長を見守る事は、出来ないけれど……ずっと、すーっと見守ってるからね』
赤子の額にキスを贈り、女はそのまま息を引き取った。
___女が呼んだ赤子の名は、嘗ての男の名前でもあった。
十度目の人生で、男は嘗ての己を自身の子として育てる事となった。
女………否、己の母であった彼女の遺体を埋葬し終えた男は決心する。
この子を幸せにしようと。
そして同じく嘗ての仲間達とも出会い、子を育て眠りたいと言う想いを抱えつつ男は進み続ける。
悲しく、哀しい………だが美しいその物語はルイーナを惹き付けて離さない。
嘗ての仲間達、愛する者達の為に文字通り身を盾にし護ろうとする姿はルイーナが望むものに近かった。
だがそれと同時に遠いものでもあった。
理想は理想でしか無く、真実は………現実はそう上手くはいかないことをルイーナは良く知っていた。
それでも追い続ける事は誰でも出来る。
自分自身が諦めない限り、追い求め続ける限りほんの僅かだとしても思い描き望んだ理想に………未来に近づけるのだから。